ANALYSISグローバル2026-08-14

パブリックチェーンに足りないのは性能ではない。責任を引き受ける主体である

BlackRockもMUFGも、パブリックチェーンを使いながら、必ずその上か外に別のレイヤーを重ねている。この共通したパターンは、金融機関にとって何が欠けているのかを逆算的に示している。足りないのは処理速度でもコストでもなく、秘匿性・法的ファイナリティ・責任主体の3つであり、突き詰めれば3つ目に集約されると考えられる。

BY OFM Research · 8 MIN READ

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BlackRockもMUFGも、パブリックチェーンを使いながら、必ずその上か外に別のレイヤーを重ねている。この共通したパターンは、金融機関にとって何が欠けているのかを逆算的に示している。足りないのは処理速度でもコストでもなく、秘匿性・法的ファイナリティ・責任主体の3つであり、突き詰めれば3つ目に集約されると考えられる。

何が論点なのか

2026年8月4日、BlackRockは欧州のマネー・マーケット・ファンド(MMF)にトークン化シェアクラスを設定した。トークンはEthereum上で発行される。しかし正式な株主名簿はトランスファーエージェントが従来どおり維持し、JPモルガンのKinexysがオンチェーンと名簿の間の変換層として機能する。移転できるのは承認されたウォレット間に限られる。

その9日後の8月13日、MUFGら4社は日本国債レポ取引のオンチェーン化実証を発表した。使うのは機関投資家向けに設計されたCanton Networkであり、しかもJGBの振替国債としての法的性質は維持したまま、ブロックチェーンと連動して口座管理機関の振替口座簿を更新する設計である。

両者に共通するのは、チェーンを「権利の所在地」にしていないという点だ。パブリックチェーンは価値の移動を運ぶ経路として使われ、権利が誰に帰属するかの記録は外部に置かれている。なぜこの構成になるのか。そこに足りないものの正体がある。

規制が名指しした欠落:Group 1から外れるということ

最も硬い証拠は資本規制にある。バーゼル銀行監督委員会(BCBS)の暗号資産エクスポージャー基準(SCO60)は、銀行が保有する暗号資産をGroup 1とGroup 2に分類し、Group 1にはトークン化された伝統的資産や一定の条件を満たすステーブルコインが入る。Group 2に落ちると、資本賦課は著しく重くなり、Tier1資本の1%という保有上限まで課される。

そしてパブリック・パーミッションレスなチェーン上の資産は、Group 1の対象から一律で外れている。BCBSは2023年12月の声明で、パーミッションレス・ブロックチェーンを用いる暗号資産は現時点では十分に緩和できないリスクを生むため、既存の取扱いを維持すると明言した。SCO60は2026年1月1日から発効している。

つまり、日本を含むバーゼル参加国の銀行にとって、パブリックチェーン上に資産を直接置くことは技術選択ではなく資本コストの問題である。この一点だけでも、銀行が別レイヤーを重ねる十分な動機になる。

取引が見えることの代償

BCBSの作業部会が2024年に公表した論文(委員会の公式見解ではなく執筆者の見解と明記されている)は、パーミッションレスDLTの novel risk を列挙している。金融庁からも3名が参加した文書であり、日本の監督当局の問題意識を読む材料になる。

そこで挙げられた論点のうち、実務者にとって最も切実なのは秘匿性だろう。公開台帳では取引が誰にでも見える。担保ポジションが露出すればフロントランされ、企業財務の資金フローが外部から観測可能になる。擬似匿名性はあるが、それは不完全であり、privacyを完全には担保しないと同論文は指摘する。

さらに厄介なのは、透明性が流動性リスクを増幅しうる点である。同論文は「透明性のパラドックス」として、取引の可視性が取り付けを誘発し、他の利用者の引き出しを見た者の引き出し誘因を高める協調装置として働くことを指摘し、Terra/Lunaの崩壊がその例だとする研究を引いている。加えて、主要なパーミッションレスチェーンのスループットは伝統的な決済システムに比べて低く、ストレス時には混雑と手数料上昇が同時に起きる。

Canton Networkが選ばれる理由はここにある。同ネットワークはサブトランザクション単位の秘匿を設計に組み込んでおり、DvP(証券と資金の同時受け渡し)において、銀行は資金移動だけを、登録機関は証券移動だけを見る。インフラ運用者は取引データそのものを見ず、順序と整合性の確保に必要なメタデータのみを扱う。金融機関が求めているのは透明性でも不透明性でもなく、相手を選んで開示できることである。

「決済が終わった」と誰が言えるのか

しかし、より根本的な欠落は決済ファイナリティにあると考えられる。

多くのパーミッションレスDLTでは、決済は確率的である。取引が覆される確率は時間とともにゼロに近づくが、ゼロにはならない。前掲論文はこの点を明確に扱い、法的ファイナリティが各国法制や決済システムの規則で厳密に定義されているのに対し、パーミッションレス・ブロックチェーンがそれと同等の法的基盤をどう備えるのか、そして誰がその執行に責任を負うのかが不明確だと述べている。技術的な決済状態と法的な確定状態がずれうる、という指摘である。

そして同論文は、緩和策の一覧を示したうえで、決済ファイナリティのように有効な緩和策が挙げられていないリスクがあると明記している。

ここで問題が反転する。ファイナリティを保証できないのは、技術が未熟だからというより、保証する主体がいないからである。ガバナンスが分散設計されている以上、規制対象事業者が求める明確な責任と説明責任のラインが引けない。ハードフォークが起きたとき、どちらのチェーンが正しいかを決める者がいない。

MUFGの設計が振替口座簿を正とし、ブロックチェーンをそれに連動させる構造を採ったのは、この空白を制度側の主体で埋める措置と読める。BlackRockが株主名簿をトランスファーエージェントに残したのも同じ構造である。

反論はどこにあるか

この見立てに対する最も強い反論は、事実そのものだ。BlackRockは許可型チェーンではなくEthereum本体を選んだ。rwa.xyzによれば、パブリックチェーン上で移転可能なトークン化実物資産は2026年7月時点で310億ドル(1ドル=159円換算で約4.9兆円)に達し、その約65%がEthereum上にある。緩和策も机上ではない。許可アドレスのみを通すallowlist、凍結や再発行の権限を持つcontroller、ゼロ知識証明を用いる手法は、すでに実装されている。BCBS自身も2025年11月に基準の重点見直しを前倒しすることを決め、2026年5月時点で作業を継続中で、年内に更新を示すとしている。金融機関側からはパーミッションレスとパーミッションドの区別を撤廃すべきだという意見書も出ている。

この反論は重い。だが「使っている」の中身を見ると、むしろ見立てを補強しているのではないか。allowlistもcontrollerも、要するに発行体が権限を取り戻す仕組みである。BlackRockの構成では、承認ウォレットの管理も凍結・再発行の権限もトランスファーエージェント側にある。パブリックチェーンは配送レイヤーとして使われ、権利の所在と最終的な責任は外部に置かれている。足りないものが埋まったのではなく、足りない部分を外に出したというのが実態に近い。

ただし、この見立てが崩れる筋も明確にある。BCBSの見直しでパーミッションレス除外が緩和されれば、資本コストという最大の障壁は動く。その場合、残る論点は秘匿性とファイナリティに絞られ、両者はいずれも技術で相当程度まで詰められる領域である。年内の更新は注視に値する。

日本の金融機関にとっての意味

  1. チェーン選択を技術部門だけの論点にしない。 パブリックかパーミッションドかは、資本賦課の分類に直結する。企画・リスク管理部門が初期段階から関与すべき設計判断である。

  2. 「どのチェーンか」より「名簿はどこにあるか」を問う。 先行事例に共通するのは、権利の記録を制度側に残す構成である。自社が検討する案件について、権利の所在と責任主体を先に確定させれば、技術選択の幅はむしろ広がる。

  3. BCBSの年内更新を、投資判断のマイルストーンに置く。 見直しの結果次第で、パブリックチェーン利用の経済性は非連続に変わりうる。今の制約を所与とした計画と、緩和後の計画を並行して持っておく価値がある。

出典


本記事は公開情報に基づく分析であり、投資助言を目的としたものではありません。

END OF RECORD / VERIFIED 2026-08-14

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OFM リサーチチームは、ブロックチェーン・暗号資産関連および金融についての深い知識に基づいて、今現場で起こっていることをリサーチ・取材する専門チームです。

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