ANALYSISグローバル2026-08-14

ステーブルコイン決済の現在地:年62兆ドルの背後にある、3,500〜5,500億ドル

ステーブルコインの取引量がVisaを超えたという表現は、数字としては正しい。だが、その大半は決済ではない。実体経済の支払いに当たるのは全体の1%未満であり、規模はカードネットワークの数十分の一にとどまる。にもかかわらずこの領域を見る価値があるのは、成長率と、用途が特定の摩擦に強く偏っているという事実の側にある。

BY OFM Research · 9 MIN READ

SHARELB!

ステーブルコインの取引量がVisaを超えたという表現は、数字としては正しい。だが、その大半は決済ではない。実体経済の支払いに当たるのは全体の1%未満であり、規模はカードネットワークの数十分の一にとどまる。にもかかわらずこの領域を見る価値があるのは、成長率と、用途が特定の摩擦に強く偏っているという事実の側にある。

何が論点なのか

ステーブルコインの議論は、規模の数字が一人歩きしやすい構造になっている。パブリックブロックチェーンは全ての送金を公開するため、集計値は容易に取れる。しかしブロックチェーンが記録するのは「価値がどう動いたか」であって、「なぜ動いたか」ではない。ウォレットは擬似匿名で、メタデータは最小限であり、経済的に全く異なる行為が取引レベルでは同一に見える。

一方、伝統的な決済システムは加盟店カテゴリ、取引種別、目的コード、決済ステータスといった文脈情報を埋め込んでおり、意図を直接観測できる。つまり、両者の数字は同じ単位で並べられるものではない。「ステーブルコインの取引量がカードネットワークを超えた」という比較は、この非対称性を無視している。

では、実際の決済利用はどの程度なのか。ここを数字で押さえることが、この論点の出発点になる。

62兆ドルのうち、決済は0.6〜0.9%

BCGとブロックチェーンデータ企業Allium Labsが2026年1月に公表した共同分析は、この問いに正面から答えている。

2025年のオンチェーン送金総額は約62兆ドル(1ドル=159円換算で約9,858兆円)。ここからボット取引、プロトコル内部の処理(プレミント、ブリッジ、内部コントラクト呼び出し)、AMMの中継といった非経済的な活動を除くと、残るのは4.2兆ドル、全体の約7%である。

さらにその4.2兆ドルの内訳を見ると、投資・取引が1.5兆ドル、中央集権型取引所の内部決済が7,000億ドル、取引所への入出金が4,000億ドル、DEX関連が1,000億ドル、分類不能が9,500億ドルを占める。実体経済の支払い、すなわち経済的に別の主体間での財・サービスの対価は、3,500〜5,500億ドル(約56兆〜87兆円)にとどまる。総額に対する比率は0.6〜0.9%である。

同分析は、この数値が保守的な下限であることも明記している。曖昧な取引は意図的に「投資・取引」側に分類しており、暗号資産カード決済(2025年で約150億ドル)や取引所内部の移転はオンチェーンに現れないため捕捉できていない。したがって実際の決済額はこれより大きいはずだが、桁が変わるほどではないと考えられる。

比較対象を置くと現在地が見える。グローバルな決済市場は約200兆ドルである。ステーブルコインの実体経済決済は、その0.2%に届かない。

使われている場所には、共通の理由がある

ただし、この数字を「まだ何も起きていない」と読むのは誤りだろう。重要なのは、どこで使われているかに明確な偏りがあることだ。

BCG/Alliumの分類では、実体経済決済の約40%がB2Bである。理由ははっきりしている。24時間365日の稼働、速度、ファイナリティ、コルレス銀行を経由しないドル決済という特性が、流動性のプーリング、資金ポジショニング、グループ内融通といった用途に直接効くためだ。とりわけ週末や祝日など、既存の銀行チャネルが閉じている時間帯に価値が出る。次いでC2Cが約25%で、これは送金コリドーが高コストな地域や、ドル建て銀行サービスへのアクセスが限られる地域の送金・個人間移転が中心である。C2Bが約25%、B2Cは約10%にとどまる。

つまりステーブルコインは、既存レールが構造的に非効率な場所——クロスボーダーの決済タイミング、高いFXコスト、滞留資金、遅いファイナリティ、複雑な支払いワークフロー——に選択的に入り込んでいる。逆に言えば、国内の小売決済のように既存レールが十分に安く速い領域では、優位性は生じにくい。B2Cの比率が最も低い理由として同分析は、先進国における国内法定通貨の支払いレールの強さを挙げている。

そして成長率は年約60%である。基数が小さいことを割り引いても、この水準が数年続けば絶対額の意味は変わる。

国内はさらに手前の段階にある

日本の状況は、グローバルの縮図というより一段階手前にある。

改正資金決済法に準拠して流通する円建てステーブルコインは、実質的にJPYCが唯一である。同社の発表によれば、2025年10月の発行開始から約7か月経った2026年5月30日時点で、累計発行額は30億円、口座開設数は19,000件に達した。成長率は高いが、絶対額は日本の決済市場の規模からすれば統計的にほぼ観測されない水準である。

銀行側の動きも計画段階にとどまる。3メガバンクは2026年6月10日、信託型ステーブルコインの共同発行について、2026年度中の実取引開始をめざすと発表した。受託者となる信託銀行も、システム基盤の提供事業者も、この時点では未選定である。

したがって国内の金融機関にとって、ステーブルコイン決済は「今どう使うか」ではなく「いつ、どの用途で使えるようになるか」を見極める段階にあると言うのが正確だろう。

規制の現在地:整ったのは枠であって、細部ではない

制度面も「整備済み」と言い切れる状態にはない。

米国のGENIUS法は2025年7月18日に成立したが、同法が求めた1年以内の下位規則の最終化は、2026年7月18日の期限を過ぎても完了していない。財務省、OCC、FDIC、NCUAはいずれも提案段階にとどまった。同法自体は、最終規則の公布から120日後か2027年1月18日のいずれか早い方に発効すると定めているため、期限徒過によって発効が遅れるわけではない。ただし発行体は、確定していない規則案を前提に準備を進めざるを得ない。

国際的な評価も定まっていない。BISは2025年の年次経済報告で、ステーブルコインは通貨システムの基軸となるための3つのテスト——単一性(額面での受け入れ)、弾力性(需要に応じた供給)、健全性(不正利用への耐性)——のいずれにおいても劣ると結論づけた。ステーブルコインの保有は発行体名で紐づけられ、19世紀の民間銀行券に似ているという表現まで用いている。

これは中央銀行側の立場からの評価であり、規制に準拠した発行体まで一律に否定するのは行き過ぎだという反論も業界側から出ている。だが少なくとも、決済インフラの中核として扱うことへの合意は国際的に存在しない、と押さえておくのが現在地である。

反論はどこにあるか

ここまでの整理に対する最も強い反論は、測定の限界そのものにある。

オンチェーンデータで見えるのは公開ブロックチェーン上で決済されるものだけだ。取引所の内部台帳、カードレールに乗る暗号資産カード決済、決済事業者の内部処理はいずれも観測できない。BCG/Allium自身がこの限界を認めている。仮に見えていない部分が見えている部分と同程度あるなら、実体経済決済は倍になる。

さらに、比率で語ることが実態を歪める可能性もある。62兆ドルという分母には、ボットの高頻度取引が大量に含まれている。ボットが増えれば分母だけが膨らみ、決済比率は自動的に下がる。実際、2026年第1四半期にはボット由来が総取引量の76%に達したという集計もある。比率の低下を「決済が伸びていない」と読むのは誤読になる。見るべきは絶対額と成長率であり、そちらは年60%で伸びている。

この反論は妥当であり、本稿の数字を下限として扱うべき根拠になる。ただし結論は変わらないと考える。仮に見えていない決済が同額あったとしても、グローバル決済市場200兆ドルに対する比率は0.5%程度にとどまる。桁が2つ足りない状態は、測定誤差の範囲で埋まるものではない。

一方で、見立てが崩れる筋も明確にある。年60%の成長が5年続けば、実体経済決済は10倍を超える。GENIUS法の下位規則が確定し、銀行系の発行が本格化すれば、成長曲線が非連続に変わる可能性は否定できない。「今は小さい」と「今後も小さい」は別の命題である。

日本の金融機関にとっての意味

  1. 社内の議論から「Visaを超えた」型の比較を外す。 総送金額と決済額は別物であり、この混同は投資判断を誤らせる。使うならBCG/Allium型の調整後の数字か、Visa Onchain Analyticsの adjusted volume を明示的に使うべきである。

  2. 自社の顧客に「既存レールが構造的に非効率な取引」があるかを起点にする。 ステーブルコインが実際に入り込んでいるのは、週末・祝日をまたぐグループ内資金移動、クロスボーダーの仕入代金決済、多数の海外契約者への支払いといった領域である。国内小売決済で優位性を探すのは筋が悪い。

  3. 2027年1月18日を計画上の基準日に置く。 GENIUS法の発効はこの日か最終規則公布の120日後の早い方であり、米ドル建てステーブルコインの制度的な位置づけはそこで一段固まる。国内の信託型が2026年度中の実取引開始をめざしていることと合わせ、2027年前半が判断の集中する時期になると見込まれる。

出典


本記事は公開情報に基づく分析であり、投資助言を目的としたものではありません。

END OF RECORD / VERIFIED 2026-08-14

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