ANALYSISグローバル2026-10-08

オンチェーン化で消えるコスト、消えないコスト 既存金融の費用を4つに分解すると「向く業務」が見えてくる

既存金融のコストは、オンチェーン化すれば一律に下がるわけではない。費用を発生源で分解すると、台帳の継ぎ目で生じる「照合コスト」と「時間差の資金コスト」は構造的に消せる一方、法定通貨の出入口で生じる「端点コスト」と、市場構造が生む「レント」はほとんど残る。オンチェーン金融が向くのは前者の比率が高い業務であり、後者が支配的な業務では台帳を置き換えても顧客価格は動かない、というのが本稿の見立てである。

BY 石田陽之 · 10 MIN READ

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既存金融のコストは、オンチェーン化すれば一律に下がるわけではない。費用を発生源で分解すると、台帳の継ぎ目で生じる「照合コスト」と「時間差の資金コスト」は構造的に消せる一方、法定通貨の出入口で生じる「端点コスト」と、市場構造が生む「レント」はほとんど残る。オンチェーン金融が向くのは前者の比率が高い業務であり、後者が支配的な業務では台帳を置き換えても顧客価格は動かない、というのが本稿の見立てである。

何が論点なのか

マッキンゼーによれば、世界の決済業界は2024年に2兆5,000億ドル(約395兆円)の収益を上げた。利用者から見たコストは、裏返せば誰かの収益である。オンチェーン化で「安くなる」と言うとき、削られるのが事務作業なのか、資金の拘束なのか、それとも誰かの取り分なのかを区別しなければ、どの業務に投資すべきかは決まらない。

本稿では既存金融のコストを、①台帳と台帳を突き合わせる照合コスト、②受け渡しの時間差を埋める資金コスト(決済リスク、事前資金、担保の拘束)、③法定通貨の出入口で生じる端点コスト(為替、入出金、本人確認、マネロン対策)、④競争の欠如から生じるレント、の4つに分けて検討する。

照合と時間差は、共通台帳で構造的に消える

①と②は、参加者ごとに別々の台帳を持つことから生じる。ブロードリッジは、大手銀行が株式・債券など標準化された取引の処理だけに年60億〜90億ドル(約9,500億〜1兆4,200億円)を費やしていると試算した。米DTCCは、決済不履行率を2%と仮定すると業界の損失は年最大30億ドル(約4,700億円)に達するとしている。いずれも「相手の記録と自分の記録が一致しない」ことの代償である。

BISは2025年の年次経済報告で、トークン化の本質を、送金指図、照合、資産移転を一つの操作に統合する点に置いた。この領域ではすでに規模の実績もある。ブロードリッジの分散台帳レポ(DLR)は2026年6月に1日平均3,570億ドル(約56兆円)を処理した。レポや担保移転は、参加者が限られ、日中の資金拘束コストが大きく、取引が標準化されている。照合と時間差のコストが厚い業務の典型であり、オンチェーン化が最初に定着したのは偶然ではないと考えられる。国内でも、信託型ステーブルコインでセキュリティトークンの同時決済を実証した「Project Trinity」が10月にフェーズ2を終えた。

ファンド事務も同じ構造を持つ。カラストーンが運用会社26社に行った調査では、ファンド会計や照合などのバックオフィス機能が業務コストの3分の2近くを占め、トークン化で約30%、総額1,353億ドル(約21兆4,000億円)の削減が見込まれた。

端点コストは、チェーンの上では減らない

対照的なのが国際送金である。世界銀行によれば、200ドル(約3万2,000円)を送るコストは世界平均で送金額の6.49%に上る。スウェーデン中銀は、その主因を為替の上乗せ幅と1件ごとの固定手数料だと分析している。日本でも、三菱UFJ銀行の対顧客ドル相場は仲値から上下1円、約0.6%の幅を持つ。

送金網そのものは、すでに速い。Swiftは国際送金の90%が1時間以内に受取銀行へ届く一方、最終受取人の口座に1時間以内に入金されるのは43%にとどまると公表している。遅れの原因は受取国の規制や国内処理であって、ネットワークではない。

イタリア銀行が2026年7月に公表した実験は、この点を裏づけた。10の送金経路でUSDCを実際に送ったところ、総コストは送金額の0.30%から9%近くまでばらつき、ブロックチェーン上の移転が占める割合はわずかだった。コストと時間の大半は、法定通貨とステーブルコインを交換する入出金の段階で生じていた。マネロン対策も同様である。レクシスネクシスの推計では金融機関の負担は世界で年2,061億ドル(約32兆6,000億円)に達するが、これは取引相手を確かめる作業のコストであり、台帳を共有しても消えない。

レントは、技術ではなく競争でしか下がらない

④は最も見落とされやすい。欧州の業界団体AFMEは、欧州の証券集中保管機関(CSD)の決済手数料が北米より平均65%高いと指摘した。高止まりの理由として挙げられたのは手数料体系の不透明さと競争の欠如であり、技術の古さではない。

日本の全銀システムの銀行間手数料も、3万円未満117円、3万円以上162円の水準が40年以上変わらず、2021年に一律62円へ半減した。引き下げをもたらしたのは新技術ではなく、公正取引委員会の指摘と政府の成長戦略だった。

しかもオンチェーン化は、レントを消すのではなく持ち主を替えるだけの場合がある。米サークルは2025年、収益と準備金収入27億4,700万ドル(約4,340億円)のうち約6割にあたる16億6,400万ドル(約2,630億円)を、コインベースなどの流通提携先に支払った。チェーン上の移転がほぼ無料になっても、顧客接点を押さえる者が取り分を得る構造は変わらない。

反論はどこにあるか

最も強い反論は、「照合と時間差のコストは、ブロックチェーンでなくても消せる」というものだ。BIS自身、統合台帳は分散台帳技術を使うとは限らないと明言している。米国はT+1を中央集権型のまま実現し、イタリア銀行の実験でも、送金速度を決めたのは受取国の即時決済システムの有無だった。カラストーンの削減額も運用会社の期待値の集計であり、実績ではない。加えて移行期には新旧の台帳を並行運用するため、コストは一時的にむしろ増える。

この反論は半分正しい。単一通貨・単一法域で、信頼される中央の運営者がすでに存在する業務なら、既存インフラの改修で同じ効果を得られる可能性が高い。だが、運営者を一つに決められない領域、つまり複数の法域や業態をまたぎ、証券と資金を同じ場所で動かしたい領域では、中央の運営者を新設するより共通台帳を共有するほうが合意しやすい。DLRが既存の取引・事後処理の流れを残したまま、複数の金融機関の間の共通台帳として定着したことは、その傍証と考えられる。分散台帳の優位は技術の新しさではなく、「誰が台帳を持つか」の合意コストを下げる点にあるのではないか。

日本の金融機関にとっての意味

第一に、自社業務のコストを4分類で棚卸しすることである。照合と時間差の比率が高いレポ・担保管理、ファンド事務、グループ内資金移動、証券と資金の同時決済が優先候補になる。

第二に、端点コストが支配的な小口送金や個人向け決済では、オンチェーン化そのものは競争力にならない。勝負を決めるのは円の入出金網と為替の調達力であり、ステーブルコイン案件は全銀システムやことらとの接続という「出口」から設計すべきである。

第三に、レントの所在を見極めることだ。オンチェーン化で消える手数料が自社の収益である可能性は高い。サークルの例が示すとおり、取り分は顧客接点を持つ側に移る。預金と顧客基盤を持つ銀行は、トークン化預金などを通じて流通の側に立てるかどうかが、収益を守れるかの分かれ目になる。

※円換算は1ドル=157.96円(三菱UFJ銀行10月6日公示仲値。執筆時点で10月8日分が未公表のため直近の確認値を使用)。

出典


本記事は公開情報に基づく分析であり、投資助言を目的としたものではありません。

END OF RECORD / VERIFIED 2026-10-08

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WRITTEN BY
石田陽之

石田陽之

編集長

2017年より、一貫してトークンやNFTの活用、ブロックチェーンゲームの企画・開発、NFTを活用した事業開発に従事。大手エンタメ上場企業を始め、80件以上のブロックチェーンプロダクトに対し事業責任者や設計、PM、アドバイザー等、様々な立場でブロックチェーン関連の事業開発に関わってきた。2021年よりCabinet株式会社を創業。

@akihisa_ishida →

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