ANALYSISグローバル2026-09-02

オンチェーンAMLの実態は「発行体による凍結」に収斂した――ただし止められるのは凍結できる資産だけである

オンチェーンAML(ブロックチェーン上の取引を対象にしたマネロン対策)は2026年8月時点で、取引所側のアドレス審査と、ステーブルコイン発行体による凍結という二層で動いている。実際に不正資金を止めているのは後者であり、Tether一社の累計凍結額は44億ドル超に達する。だが2025年の不正流入は1,540億ドル、凍結はその数%にすぎず、犯罪資金は凍結できない資産へ逃げている。

BY 石田陽之 · 12 MIN READ

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オンチェーンAML(ブロックチェーン上の取引を対象にしたマネロン対策)は2026年8月時点で、取引所側のアドレス審査と、ステーブルコイン発行体による凍結という二層で動いている。実際に不正資金を止めているのは後者であり、Tether一社の累計凍結額は44億ドル超に達する。だが2025年の不正流入は1,540億ドル、凍結はその数%にすぎず、犯罪資金は凍結できない資産へ逃げている。

何が論点なのか

「オンチェーンAMLは機能しているのか」という問いに、2026年は初めて数字で答えられるようになった。Chainalysisの2026年犯罪レポートによれば、2025年に不正アドレスが受け取った暗号資産は少なくとも1,540億ドル(約24.6兆円)で前年比162%増、うち84%がステーブルコインである。FATFも2026年7月の第7次ターゲット・アップデートで、確認されたオンチェーン不正のほとんどがステーブルコインを介していると明記した。

一方、Tetherは2026年4月時点で累計44億ドル(約7,020億円)超を凍結し、65カ国340超の法執行機関と協働したと公表している。BlockSecの集計では2026年7月26日時点の凍結残高は56.9億ドル(約9,080億円)に及ぶ。実務の重心は、取引所による入出金審査から、発行体が流通市場のトークンを直接止める二次市場介入へ移った。本稿はこの移行が何を可能にし、何を取りこぼしているかを検証する。円換算は2026年8月31日NY終値1ドル=159.6円で筆者が計算した。

実務の三層構造――誰が何を見て、何を止めているか

第一層は暗号資産交換業者や電子決済手段等取引業者による事前審査である。Chainalysis、Elliptic、TRM Labsといった分析事業者のデータベースに照らし、入出金アドレスを制裁・ハッキング・詐欺等のクラスタ(同一主体と推定されるアドレス群)との距離で採点し、複数ホップ(何段階前まで遡るか)で追跡する。日本でもJPYC株式会社が2025年11月、資金移動業型JPYCの発行に合わせてEllipticのウォレット監視を導入したと公表している。あわせてトラベルルール(送金人・受取人情報を事業者間で通知する義務)は、FATF調査で回答法域の83%が法制化済みで、日本も2026年8月3日に対象法域を追加した。

第二層が発行体の凍結である。USDT・USDCのスマートコントラクトにはブラックリスト機能が組み込まれ、登録アドレスの残高は移動不能になる。2026年4月23日にTetherがOFAC指定のイラン中央銀行関連2アドレスの3億4,400万ドル(約549億円)を凍結した事例は、この権限が主権国家の資産にも及ぶことを示す。

第三層が官民の即応体制である。Tether・TRON・TRM Labsが2024年9月に設立したT3金融犯罪ユニットは、2026年5月時点で累計4億5,000万ドル(約718億円)超を凍結し、法執行機関の要請から24時間以内の凍結を複数回実行したとする。

規制は「凍結能力」を義務化し、「二次市場の監視」は義務化していない

FATFは2026年3月のステーブルコイン報告書で、発行体に二次市場での凍結・焼却機能、償還時の顧客確認、許可リスト・拒否リスト等の制御を求めた。米国では2026年4月8日にFinCENとOFACがGENIUS法の実施規則案を公表し、認可発行体に一次・二次市場を問わず取引を遮断・凍結・拒否する技術的能力と、合法な命令に従って凍結・焼却する能力を義務づけた。ただし規則案は二次市場取引の監視や疑わしい取引の届出までは求めていない。凍結の「能力」は義務、二次市場の「監視」は任意という線引きであり、発行体の裁量が大きく残る。

日本では金融庁が2026年7月のマネロン対策レポートで、電子決済手段等取引業を初めて金融セクター分析の対象に加え、暗号資産交換業・資金移動業と並ぶ相対的高リスク業態と評価した。同年3月のガイドライン改正では「新技術の活用」を「対応が期待される事項」から「対応が求められる事項」に格上げしており、分析ツールの導入検討は選択肢ではなく要請になった。他方、同月改訂の有効性検証事例集に暗号資産交換業者の事例が加わったが、内容は預金取扱金融機関と同型で、オンチェーン固有の手法は明文化されていない。

凍結の裁量が発行体の競争軸になった

TetherとCircleの姿勢の違いは、実務上の帰結を分けている。Tetherは法執行機関の要請や自社の監視に基づき裁判所の命令を待たず凍結する。Circleは2026年4月にCEOが「裁判所の命令なしにUSDCを凍結しない」と明言した。この差は2026年4月1日のDriftプロトコル事件で露呈した。北朝鮮関連とされる攻撃者が約2億8,500万ドルを流出させ、うち約2億3,000万ドル(約370億円)のUSDCが約6時間かけてブリッジされる間、Circleは凍結しなかった。Driftは決済資産をUSDTへ切り替えたと報じられており、凍結の速さと裁量が発行体選択の判断材料になった。

ただし裁量には代償がある。Circleは2026年3月、封印された民事訴訟の命令で16の事業用ウォレットを凍結し、DFINITY財団のコントラクトなど無関係の事業者を巻き込んだ。同年5月30日にはZamaの秘匿USDCコントラクトを1,260万ドル(約20億円)分凍結し、同じプールの全利用者の資金が同時に止まった。Tetherでもブラックリストから解除されたアドレスは3.6%にとどまるとの分析がある。凍結は不可逆に近く、誤凍結の救済は訴訟参加が事実上の唯一の経路になっている。

反論はどこにあるか

最も強い反論は「凍結の成功は、凍結可能な資産の中だけで測られた成功にすぎない」というものである。Tetherの累計凍結44億ドルは2013年以降の合計であり、2025年単年の不正流入1,540億ドルの3%弱に相当する。もっとも1,540億ドルのうち1,040億ドルは制裁対象主体への流入で、その中核はルーブル建てのA7A5である。TRM Labsによれば同トークンは2025年に720億ドル(約11.5兆円)超を処理したが、TetherやCircleの凍結権限は及ばない。FATFは2026年7月、犯罪組織と関係する金融コングロマリットが凍結・押収に耐性のある独自ステーブルコインを開発している事例を挙げた。凍結の実績が上がるほど、犯罪資金は凍結できない資産へ移る。

事後追跡の限界も明確である。2025年2月のBybit事件では、盗まれた約14億ドルの84.5%がTHORChainを経由してビットコインに交換され、同年4月時点で凍結できたのは3.84%、27.59%は追跡不能になった。分析ツールの可視性は、DEXやブリッジを跨いだ瞬間に大きく落ちる。

この反論は正しい。ただし帰結は「無意味」ではなく「実効性は資産の設計に依存する」である。凍結可能な資産の中では従来金融にない速度で資金を止められる一方、その外側では従来の捜査協力しか手段がない。実務の二層構造はこの境界を反映した結果だと考えられる。

日本の金融機関にとっての意味

第一に、ステーブルコインの選定基準に「発行体の凍結ポリシー」を加えることである。3メガバンクが2026年度中の実取引開始を目指す信託型ステーブルコインでも、誰の要請で、どの証拠水準で、どの期間内に凍結するかを設計段階で文書化しなければ、Circle型の遅延とTether型の誤凍結の双方を負う。

第二に、二次市場監視を「義務ではないが監督上の期待」として扱うべきである。GENIUS規則案は監視を義務化していないが、FATFの3月報告書は複数ホップ分析を推奨し、金融庁は新技術活用を要請事項に格上げした。第5次対日審査のオンサイトは2028年6月であり、その時点で分析ツールを「導入している」だけでなく「検知率を検証している」状態が求められるとみられる。

第三に、凍結できない資産への露出を別枠で管理することである。取引先がDEXやブリッジ、非ドル建てステーブルコインを経由する場合、発行体凍結という安全網は存在しない。オンチェーンAMLの実態を経営層に説明する際の要点は、「止められる範囲は広がったが、その外側は従来と変わらない」という一文に尽きる。

出典


本記事は公開情報に基づく分析であり、投資助言を目的としたものではありません。

END OF RECORD / VERIFIED 2026-09-02

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WRITTEN BY
石田陽之

石田陽之

編集長

2017年より、一貫してトークンやNFTの活用、ブロックチェーンゲームの企画・開発、NFTを活用した事業開発に従事。大手エンタメ上場企業を始め、80件以上のブロックチェーンプロダクトに対し事業責任者や設計、PM、アドバイザー等、様々な立場でブロックチェーン関連の事業開発に関わってきた。2021年よりCabinet株式会社を創業。

@akihisa_ishida →

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