ANALYSISグローバル2026-08-31

オンチェーン金融化を不可逆にしているのは、技術の優位性ではなくインフラ更新サイクルである

オンチェーン金融は、流行が去れば元に戻る類の変化なのか。本稿の見立ては、不可逆性の源泉は技術的優位でも市場の需要でもなく、各国の決済・証券インフラの更新計画にすでに組み込まれてしまったという一点にある、というものである。インフラの更新判断は数十年に一度しか訪れない。

BY 石田陽之 · 9 MIN READ

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何が論点なのか

2026年は、この問いを立てるのに適した年になった。暗号資産市況は軟調で、RootDataの集計では年初来100件超のプロジェクトが閉鎖・破産・活動停止に至っている。ステーブルコインの時価総額も約3,030億ドル(約48兆円)と、5月のピークから数%減少した(2026年8月22日、DefiLlama。以下、1ドル=160円、1ユーロ=185円、1豪ドル=114.5円、8月28日NY市場終値ベース)。

にもかかわらず、同じ年に機関向けインフラは止まらなかった。ECBは1月の決定を受け、3月からDLTで発行された証券をユーロシステムの適格担保として受け入れ始めた。米国ではSECが3月18日にナスダックのトークン化証券取引規則を承認し、DTCCは10月の本格稼働を目標に限定的な本番取引に入っている。Swiftは7月9日、トークン化預金による24時間クロスボーダー送金の共有台帳を初期利用可能と発表し、MUFG銀行を含む17行が参加した。ECBによれば、パブリックチェーン上のトークン化伝統資産は2025年3月末の47億ユーロから2026年3月末の233億ユーロ(約4.3兆円)へ約5倍になっている。

暗号資産の価格サイクルと金融インフラのトークン化が連動しなくなった。これが2026年に観測された最大の構造変化ではないか。

「なぜ使うのか」への答えは、速さでも安さでもない

導入理由を「速い・安い」に置くと、この動きは説明できない。実際に採用が進んでいる領域を見ると、共通するのは決済リスクの消去とバランスシート効率である。

三菱UFJ・三井住友・みずほの3行は2026年6月10日、信託型ステーブルコインを2026年度中に実取引へ移すと発表した。注目すべきはその初期用途で、野村證券・大和証券を含む金融5社による株式・投資信託の売買代金決済である。証券の受渡しと資金の受渡しを同時に完結させるDvP決済において、資金側が営業時間と決済サイクルに縛られている限り、証券側だけを速くしても意味がない。ここでの利得は手数料ではなく、決済完了までの間に相手方が破綻する危険そのものの消去である。

規模の面でも、遊びではない水準に達した領域がある。ECBが引用したBroadridgeのDLTレポ基盤は、2026年3月時点で1日平均3,540億ドル(約56.6兆円)を処理し、前年比4倍、米国の日次レポ取引の約7%に相当する。JPモルガンのKinexysは累計4兆ドルを処理し、2026年6月時点の日次取引額は70億ドル超(約1.1兆円)である。

「既存インフラの改良で十分」が成り立たない理由

「必要なくても現行システムで十分ではないか」という問いは、現状維持のコストがゼロであれば正しい。しかし日本の場合、その前提が2020年代後半に崩れる。

全銀ネットは2026年3月19日、有識者スタディグループの報告書を公表し、1973年稼働の全銀システムとは別に新決済システムを構築する構想を示した。稼働目標は2030年度で、構築の是非は2026年度中に判断される。報告書が挙げた理由には、2023年10月の中継コンピュータ障害(送金・着金で計566万件の遅延)に表れた耐障害性の問題に加え、現行システムではトークン化預金やステーブルコインとの接続が困難であるという点が明記されている。

日本銀行も、2026年7月2日公表の「中央銀行デジタル通貨に関する連絡協議会」第11回会合議事要旨で、日銀当座預金のトークン化について検討を開始していると述べている。報道ベースでは、金融庁・財務省・日銀・金融機関による検討会が2027年初に整備計画をまとめ、2030年代前半の稼働もありうるとされる。

つまり日本では、民間の決済インフラと中央銀行マネーの双方が、同じ2030年前後に更新判断を迎える。ここで「トークン化に対応しない」を選べば、次の見直し機会は2050年代になる。不可逆性とは、この選択機会の希少性のことだと考えられる。

「オンチェーン以外の方法」は実在する。ただし解ける問題が違う

即時性だけが目的なら、DLTは不要である。米国のRTP/FedNow、欧州のTIPS、そして全銀ネットが検討するリアルタイムペイメントシステムは、いずれもブロックチェーンなしで24時間即時着金を実現しうる。この反論は正しい。

分かれ目は、原子性とプログラマビリティである。異なる資産と資金を「両方成立するか、両方不成立か」で束ねる処理と、条件成就時に自動執行される契約は、共有台帳の外側では複数システム間の調整と照合として実装せざるをえない。ECBのCipollone理事が8月26日の講演で挙げた利点も、速度ではなく、発行・取引・決済・保管・資産管理が別々の台帳に分かれている現状の再編である。EU域内には31のCSD、14のCCP、323の取引所が存在し、2023年には件数・金額とも95%超が同一CSD内で完結していた。この断片化は速度の問題ではない。

反論はどこにあるか

最も強い反論は、制度化されたからといって不可逆にはならない、という歴史的事実である。豪州ASXは2016年から証券決済システムCHESSのDLT置換を進め、規制当局の関与のもとで進行していたが、2022年11月に中止し、豪ドル2億4,500万〜2億5,500万ドル(約280〜292億円)を減損した。2023年には非DLTの従来型システムに切り替え、2026年6月には開示をめぐりASICと豪ドル2,050万ドルで和解している。中央銀行や取引所が計画に載せたという事実は、完遂の保証ではない。

規模の反論も成立する。日本のST市場は2025年度の累計公募発行額が3,300億円を突破し前年度比2倍になったが、二次流通市場であるODXのSTARTは2026年3月末時点で時価総額336億円・8銘柄にとどまる(BOOSTRY調べ)。発行は伸びても流通は薄い。JPYCの累計発行額も2026年4月時点で21億円である。

設計上の未解決問題も残る。トークン化預金は発行銀行の顧客間でしか移転できず、民間ブロックチェーン上での銀行間決済は事実上存在しない――前米財務次官Liang氏らブルッキングス研究所が2026年4月に指摘した論点である。BISは2026年年次経済報告で、現行のステーブルコインが「単一性(par redeemability)」「弾力性」「相互運用性」「健全性」を満たさないと結論づけ、8月28日のジャクソンホールでもde Cos総支配人が同じ主張を繰り返した。DeFi信用のGoldfinchが2026年6月に新規貸出の縮小を決めた事例が示すように、トークン化は信用リスクを消さず、移転するだけである。

ただし、これらの反論を精査すると、否定されているのはトークン化そのものではなく、特定の実装であることに気づく。BISの結論は「トークン化をやめよ」ではなく「二層構造の中にトークン化を取り込め」であり、統合台帳(unified ledger)を推奨している。ASXが撤回したのは2016年設計のDLTであって、決済インフラ更新そのものではない。論点はすでに「やるか否か」から「誰の台帳で、どの通貨を決済資産として」に移っている。この移動が起きた時点で、後戻りの意味が変わったと考えられる。

日本の金融機関にとっての意味

第一に、判断期限が2026年度中に到来している。全銀ネットの新決済システム構築の是非、3メガの信託型ステーブルコインの実取引開始、日銀当預トークン化の検討会いずれも今年度が節目である。「様子見」は中立ではなく、2030年代のインフラ仕様に自社の要件を反映させない選択になる。

第二に、投資判断の根拠を「効率化によるコスト削減」に置くと稟議は通りにくい。上述のとおり実装が先行しているのは決済リスクの消去と担保効率であり、既存の与信・流動性管理の枠組みで評価すべき対象である。

第三に、外部の進捗表示を鵜呑みにしないこと。ECBのPontesは2026年第3四半期に稼働するが、当初の決済完了性はT2への資金移動反映時点であり、24時間稼働は2028年半ば目標である。「稼働」と「本番運用」の距離を測る目を、組織として持つ必要がある。

出典


本記事は公開情報に基づく分析であり、投資助言を目的としたものではありません。

END OF RECORD / VERIFIED 2026-08-31

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WRITTEN BY
石田陽之

石田陽之

編集長

2017年より、一貫してトークンやNFTの活用、ブロックチェーンゲームの企画・開発、NFTを活用した事業開発に従事。大手エンタメ上場企業を始め、80件以上のブロックチェーンプロダクトに対し事業責任者や設計、PM、アドバイザー等、様々な立場でブロックチェーン関連の事業開発に関わってきた。2021年よりCabinet株式会社を創業。

@akihisa_ishida →

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