ESMAは9月10日、2026年上期を対象とする第2回トレンド・リスク・脆弱性報告書(ESMA50-1949966494-4282)を公表した。株式のトークン化を独立した掘り下げ章に取り上げ、同一銘柄について複数のトークン化版が発行されれば流動性が分断されうると指摘した。報道によれば、株式を1対1で裏付ける「ラップ型」の時価総額は約18カ月で約3億ユーロから約19億ユーロへ拡大している。暗号資産と伝統的金融の連結が強まっている点も警戒対象に挙げた。
何が起きたか
報告書はデジタル資産と予測市場に3つの節を割いた。金融イノベーションの章は株式へのトークン化を「萌芽的だが採用の勢いは増している」と整理し、掘り下げ章「株式のトークン化:可視性から実現可能性へ」を置いた。Ledger Insightsの報道によれば、同章は米国株を1対1で裏付ける仕組債型の「ラップ型」構造を主対象とし、時価総額が約3億ユーロ(約534億円)から約19億ユーロ(約3384億円)へ拡大したとしている。ESMAは効率性、投資家アクセスの拡大、プログラマビリティ、アトミック決済といった便益を挙げたうえで、ラップ型でそれらがどれだけ実現しているかを問うた。原資産の所有がオフチェーンにあるためオンチェーンの単一の真実源が存在せず、自己保管も構造を介した間接的なものにとどまる。仲介者の層が増える分だけ複雑性とリスクも増す。トークンの移転がオンチェーンで起きても資金側が別経路で決済されるため、アトミック決済は一部の取引で成立していないとした。報告書本体では、暗号資産の時価総額が2025年10月のピークから約2兆ユーロ(約356兆円)失われ、ステーブルコイン残高が約2750億ユーロ(約49兆円)で頭打ちになったことも示されている。
なぜ重要か
国内でもトークン化株式の議論が進むが、ESMAの整理は「どの類型なら便益が出るか」を切り分ける物差しになる。発行体が関与せず原資産をオフチェーンに置く構造では、権利記録の一元化も同時受け渡しも成立しない。国内で検討されている振替制度との接続や信託受益権を介した組成は、まさにこの弱点を制度側で埋める試みにあたる。同一銘柄について複数の発行体がトークンを出せば流動性が割れるという論点も、取引所や証券会社が自社版を持つ構想を評価するときに効いてくる。
注視点
掘り下げ章の全文と統計附属書で、欧州分の内訳がどこまで示されているかを確認する必要がある。主要な発行体はいずれもEUで目論見書を出しているが、EU域内の比率は明らかにされていない。欧州委員会によるMiCA見直しの立法提案で、この類型がどう扱われるかが次の焦点になる。
用語解説
- ラップ型トークン化株式:既存の上場株式を1対1で裏付けとして保有し、その経済的価値を仕組債などの形でトークンに載せる構造。株主としての権利は発行体側に残るため、投資家が持つのは契約上の請求権である。
- アトミック決済:証券と資金の受け渡しが不可分に同時完結する仕組み。片方だけが実行される事態を技術的に排除でき、決済リスクを消す効果が期待される。資金側が別経路だと成立しない。
- 単一の真実源:ある資産の所有関係について、参照すべき記録が一つに定まっている状態。台帳を分ける設計では、どちらが正かをあらかじめ法的に決めておく必要がある。
- TRV報告書:ESMAが年2回公表する市場のトレンド・リスク・脆弱性の定点報告。リスク区分ごとの評価と、その期の重点テーマの掘り下げ章で構成される。
- 流動性の分断:同じ経済的内容の商品が複数の場や形式に分かれ、板が薄くなること。売買コストの上昇と価格形成の劣化につながる。
出典
- ESMA「Ongoing geopolitical and economic vulnerabilities masked by strong investor optimism」(2026年9月10日): https://www.esma.europa.eu/press-news/esma-news/ongoing-geopolitical-and-economic-vulnerabilities-masked-strong-investor
- ESMA「TRV Risk Monitor No. 2, 2026」(2026年9月10日): https://www.esma.europa.eu/sites/default/files/2026-09/ESMA50-1949966494-4282_TRV_Risk_Monitor_2_2026.pdf
- Ledger Insights「ESMA flags tokenized stock fragmentation, prediction market risks」(2026年9月11日): https://www.ledgerinsights.com/esma-flags-tokenized-stock-fragmentation-prediction-market-risks/
外貨建て金額の円換算は、1ユーロ=178.11円(2026年9月11日ニューヨーク市場終値)により筆者が算出した。
本記事は公開情報に基づく解説であり、投資助言を目的としたものではありません。