ダラス連邦準備銀行は2026年8月25日、トークン化預金が大規模に普及した場合の影響を論じた分析を公表した。米銀が抱える金利リスクの約8割が預金の性質に支えられていると推計し、預金の加重平均残存が1割縮めば約5,800億ドル、金利感応度が1割上がれば約7,000億ドル(いずれも10年債換算)の期間リスク許容度が失われると試算する。日本の銀行にとっては、円建てトークン化預金が進むほどALMの前提が変わるという論点になる。著者は普及の蓋然性そのものには判断を示していない。
何が起きたか
執筆は同行リサーチ部門のロージー・レビー氏とスリニ・ラマスワミ氏。出発点は、要求払預金が契約上いつでも引き出せるにもかかわらず実際には長期間滞留し、市場金利の変動を一部しか預金金利に転嫁しない点にある。加重平均残存が長くベータが1を下回るため、預金は実質的に長期の負債として機能し、銀行はこれを原資に長期固定の貸出を行える。
FRBのH.8統計(2026年7月15日時点)をもとに、資産・負債で期間が一致していると仮定して逆算すると、資産側の金利リスクは総額で約7兆ドル(10年債換算)。うち約5.8兆ドルが預金の期間特性で支えられる計算になり、著者はこれを「約8割」と表現する。
そのうえで、即時決済で資金移動の摩擦が消えれば、加重平均残存は短くなりベータは上がると指摘する。加重平均残存が1割縮めば約5,800億ドル(1ドル=159円換算で約92兆円)、ベータが1割上がれば約7,000億ドル(同約111兆円、加重平均残存4年の前提)の期間リスク許容度が失われる。先例としてブラジルの即時決済Pixを挙げ、利用が多い銀行ほど国債保有を増やし信用仲介を減らしたとする研究を引いている。
なぜ重要か
邦銀に直接効くのは、法人預金の分類が動きうる点である。バーゼル流動性規制では、決済・カストディ・資金管理に必要な「オペレーショナル預金」は流出率を低く見積もれる。トークン化預金で企業が日中の資金繰りを精密に管理できるようになれば、この区分に認定できる残高が減りうる。保有すべき高品質流動資産の水準も変わる。
もう一点は、AIエージェントによる自動的な資金移動である。プログラマビリティと組み合わされば、預金者が意識せずとも金利差に応じて資金が動く。日本は預金ベータが低いため影響は限定的と考えられるが、法人の余資運用では前提が変わりうる。
注視点
著者自身が断るとおり、この分析は預金を単一のプールとして扱い、トークン化預金を他の要因から切り離している。実際にはステーブルコインへの預金流出を防ぐ手段という側面があり、両者を並べなければ正味の影響は測れない。預金区分ごとの分解を織り込んだ分析が出るかが焦点になる。
進捗段階
⓪ 検討・研究(制度系)。連銀リサーチ部門の分析であり、規制当局としての政策提案でも規則案でもない。文中でも見解は著者個人のもので、ダラス連銀および連邦準備制度に帰属しないと明記されている。①(案の公表・意見募集)に進むには、監督当局が流動性規制上の預金区分の見直しに言及する必要がある。
用語解説
- 期間変換(maturity transformation):短期の負債(預金)で長期の資産(貸出)を賄う、銀行の中核機能。預金が実際には長く滞留し金利改定も緩やかであるため成立している。この前提が崩れると、銀行は長期固定の貸出を出しにくくなる。
- 預金ベータ:市場金利が動いたときに預金金利をどれだけ追随させるかの比率。標準的なリテールの決済性預金ではほぼゼロに近い。ベータが低いほど預金は固定金利負債に近づき、銀行の金利リスク許容度が増す。
- 加重平均残存(WAL):預金残高が銀行のバランスシートに滞留すると見込まれる期間。契約上の満期ではなく、過去の行動分析から推計する。分析では預金の実効デュレーションを「WAL×(1−ベータ)」で近似している。
- オペレーショナル預金:清算・カストディ・資金管理といった業務上の必要から置かれている法人預金。取引関係に紐づくため流出しにくいとされ、流動性規制で低い流出率が適用される。該当しない余剰残高はノンオペレーショナル預金として扱われる。
- トークン化預金:銀行預金をブロックチェーン上のトークンとして表現したもの。発行銀行のバランスシートに預金として残り、既存の銀行規制の枠内にとどまる点でステーブルコインと異なる。一方、発行体をまたいだ移転は容易ではなく、決済手段としての柔軟性では劣ると分析は指摘する。
出典
- Federal Reserve Bank of Dallas「Tokenized deposits could affect bank liquidity, maturity transformation」(2026年8月25日): https://www.dallasfed.org/research/economics/2026/0825
- Federal Reserve Bank of Dallas「Tokenized deposits use blockchain structure in traditional banking framework」(2026年7月14日): https://www.dallasfed.org/research/economics/2026/0714
本記事は公開情報に基づく解説であり、投資助言を目的としたものではありません。