CIMBグループは2026年8月27日、傘下のCIMBイスラミック銀行を通じ、トークン化したスクークの決済にトークン化預金を用いる実証を完了したと発表した。既存の100億リンギのシニア・スクーク・ワカーラ・プログラムに基づく16.8億リンギ(約655億円。1リンギ=39円で筆者換算)の起債のうち、13.8億リンギをトークン化し、機関投資家12社が応募した。残る3億リンギは従来型で発行している。マレーシア中央銀行の管理環境下での実施であり、恒常的な業務への移行時期は示されていない。
何が起きたか
対象となったスクークの年限は5年から15年である。CIMBは、トークン化のレイヤーが原資産の経済的条件やシャリーア上の構造を変えるものではないと説明している。実施はマレーシア中央銀行(BNM)のデジタル資産イノベーション・ハブ(DAIH)の枠組み下で行われ、マレーシア証券委員会とは、トークン化された資本市場商品の開発について協議を継続している。報道によれば、起債全体には46社が応募した。
グループCEOのノヴァン・アミルディン氏は、トークン化された金融資産が既存の市場インフラと並存できるか、トークン化預金を決済に使えるかを検証できたと述べた。第2財務相のアミール・ハムザ・アジザン氏は、デジタル金融資産と商業銀行マネーが管理環境下で協働できるかを試した点に意義があるとしている。CIMBは今回を通じ、クーポン支払い、二次流通での移転、償還といったライフサイクル・イベントの処理についても知見を得たとする。
なぜ重要か
日本のST市場は証券側の発行が先行し、決済側が揃っていない。トークン化預金DCJPYを用いたST決済は、2026年3月にデジタル社債とDCJPYを実発行したうえでのDVP決済検証を完了した段階で、商用化はこれからである。CIMBの案件が異なるのは、実証のために組成したものではなく、自社の資金調達という実需の起債にトークン化を組み込んだ点にある。応募した機関投資家が実際に権利を取得し、証券と資金の両レグが動いた。
信託銀行・証券会社にとって、論点は共通している。トークン化預金を証券決済に使う設計は、発行銀行の信用リスクの扱い、勘定系システムとの接続、倒産隔離の確保という問いに必ず行き当たる。制度の作りが違っても、実務上の検討項目はほぼ重なる。
注視点
第一に、クーポン支払い・二次流通・償還といったライフサイクル・イベントの実務設計である。発行と初回決済が通っただけでは、既存プロセスの置換には至らない。第二に、DAIHという管理環境の外で恒常運用に移行する時期。第三に、BNMが年内に示すとされるリンギ建てステーブルコインとトークン化預金の方針。第四に、クロスボーダーへの拡張である。
進捗段階
実装トラック②(実発行を伴う限定運用)。 実際の起債で権利が投資家へ移転し、資金レグもトークン化預金で決済された点は⓪①を超える。ただしDAIHの管理環境下の単発案件であり、反復的な取引フローには至らず、既存の決済プロセスを置き換えてもいない。③に進むには、管理環境外での恒常的な発行・決済と、ライフサイクル・イベントの通し運用が必要になる。
用語解説
- スクーク:イスラム法(シャリーア)に適合するよう設計された資金調達手段。利息の授受が禁じられるため、投資家は原資産の持分やそこから生じる収益に対する権利を保有する形を採る。経済的には債券に近いが、法的構造は資産の持分証券に近い。
- ワカーラ:代理契約に基づくスクークの類型のひとつ。資金の出し手が発行体を代理人として指名し、代理人が原資産の運用を行って収益を分配する。今回はCIMBイスラミック銀行がこの枠組みで100億リンギのプログラムを設定している。
- トークン化預金:銀行預金をブロックチェーン上のトークンとして記録・移転できるようにしたもの。発行銀行の負債である点は通常の預金と変わらず、資金が銀行のバランスシートに残る。ステーブルコインが発行体の準備資産に資金を移すのと対照的で、証券決済の資金レグに使う場合はこの違いが信用リスクの所在を決める。
- DAIH(Digital Asset Innovation Hub):マレーシア中央銀行が2025年に設けた、金融機関がデジタル資産の応用を管理された環境で試すための枠組み。日本の金融庁「FinTech実証実験ハブ」に近い位置づけだが、リンギ建てステーブルコインやトークン化預金の政策判断に直結させる設計になっている。
- シニア債(シニア・スクーク):弁済順位が劣後債より上位の債務。銀行が発行する場合、自己資本規制上の資本には算入されない通常の調達手段であり、今回は既存プログラムの枠内での起債にあたる。
出典
- CIMB Group声明(2026年8月27日、TNGlobalによる全文報道): https://technode.global/2026/08/27/cimb-completes-its-pilot-of-malaysias-first-tokenized-deposit-settlement-of-tokenized-sukuk/
- The Sun Malaysia / Bernama「CIMB completes RM1.38 billion tokenised sukuk settlement pilot」(2026年8月27日): https://thesun.my/business/cimb-completes-rm1-38-billion-tokenised-sukuk-settlement-pilot/
- Ledger Insights「CIMB settles $342m tokenized sukuk using tokenized deposits in Malaysian first」(2026年8月27日): https://www.ledgerinsights.com/cimb-settles-342m-tokenized-sukuk-using-tokenized-deposits-in-malaysian-first/
- CIMB「CIMB Advances Bank-Grade Tokenisation Capabilities through BNM's Digital Asset Innovation Hub」(2026年2月11日): https://www.cimb.com/en/newsroom/2026/cimb-advances-bank-grade-tokenisation-capabilities-through-bnms-digital-asset-innovation-hub-supporting-malaysias-global-competitiveness.html
- ディーカレットDCP「国内初のトークン化預金によるセキュリティトークン決済の実発行検証の完了のお知らせ」(2026年4月24日): https://www.dcjpy.com/pressrelease/pr-20260424.html
本記事は公開情報に基づく解説であり、投資助言を目的としたものではありません。