複数の銀行にまたがるトークン化預金の実験としては世界的にも数少ないCBMTに、オランダのABN AMROが加わった。同イニシアチブのテスト通貨には円が含まれており、日本の銀行が関与しないまま円建てのトークン化預金決済が海外で設計されている構図になっている。
何が起きたか
CBMT(Commercial Bank Money Token)は、ドイツ銀行業界委員会(GBIC)が2021年に立ち上げた共同研究イニシアチブである。公式サイトに掲載された現在の参加行は、コメルツ銀行、DZ銀行、ヘラバ、ウニクレディト、そしてABN AMROの5行。参加事業会社はAirPlus、BASF、ボッシュ、エボニック、インフィニオン、メルセデス・ベンツ、シーメンスで、ドイツ産業連盟(BDI)などの業界団体も名を連ねる。技術サービス提供者(TSP)はUDPNとGFTで、2025年8月から正式に就任している。
CBMTが扱うのは、ステーブルコインでもCBDCでもなく、規制対象の商業銀行に対する債権としての預金そのものである。既存の預金法制と会計基準がそのまま適用される点を設計の前提に置き、欧州のマネーサプライの約85%を占める商業銀行マネーに、分散型台帳上の可搬性とプログラマビリティを与えることを狙う。
テスト通貨はユーロ・米ドル・円の3種類。テストチェーンはHyperledger Besuとパブリックチェーンで、両者を橋渡しする構成をとる。検証中のユースケースは5件で、IoTデータに連動した従量課金決済、銀行をまたぐB2B送金、ERPシステムとの連携、パブリックチェーン上のトークン化資産と許可型チェーン上のCBMTを突き合わせるクロスチェーンDvP、そしてAIエージェントが起票するクロスボーダーB2B決済である。最後の一件は、認証されたエージェントIDと人間による承認を組み込む設計とされている。
なお同イニシアチブは、現在の位置づけをサンドボックス/探索段階と明示し、実資金は動かさず、参加は規制上の承認や適合性の認証を意味しないと公式に断っている。また、過去に参加が伝えられていたドイツ銀行は、現在公表されている参加行の一覧には見当たらない。理由は公表されていない。
なぜ重要か
テスト通貨に円が入っていることの意味が最も大きい。ドイツ・オランダの銀行と欧州の製造業が、円建てのトークン化預金による決済を検討対象に置いている。参加企業の顔ぶれからすれば、日本国内に生産・販売拠点を持つ企業群の域内決済が想定される。邦銀が関与しない状態で仕様が固まれば、後から接続する側に回ることになる。
設計思想の違いも押さえておきたい。JPモルガンのKinexysやシティのトークン化預金は自行の顧客間に閉じており、複数行をまたぐ設計は例が少ない。日本の3メガバンクによる共同ステーブルコインは、預金ではなく資金決済法上の電子決済手段という形をとっており、法的な性質からして別の設計である。預金のまま動かすのか、預金とは別の負債として発行するのかは、預金保険・自己資本規制・会計処理のすべてに跳ね返る選択になる。
AIエージェント決済が正式なユースケースとして検証対象に入っている点も見逃せない。日本でも骨太の方針2026や与党の提言でAIエージェントによる決済が構想として挙がっているが、認証されたエージェントIDと人間の承認を組み合わせる具体的な設計が銀行主導で検証されている例は多くない。
注視点
本番移行の可否が最大の焦点である。CBMT自身がサンドボックス段階であることを明記しており、欧州の規制当局の判断が最後のハードルとして残る。EUには預金に関する統一的な法制がないため、各行が自国の監督当局と個別に調整する必要がある構図は変わっていない。英国のGBTDとの先陣争いの行方、円建てテストの具体的な内容、そして邦銀の関与の有無を追いたい。ドイツ銀行の位置づけについても、公式な説明を待つ必要がある。
用語解説
- トークン化預金(CBMT):銀行預金を分散型台帳上のトークンとして表現したもの。保有者は発行銀行に対する債権を持ち、額面どおりに通常の預金へ戻せる。ステーブルコインと違って発行銀行の負債であり続けるため、預金保険や自己資本規制など既存の銀行規制の枠内に収まる点が設計上の眼目とされる。
- GBIC(ドイツ銀行業界委員会):ドイツの主要な銀行業態団体が共同で構成する連合体。業界横断の技術・制度課題について共通の立場をまとめる役割を担い、CBMTはその研究プロジェクトとして始まった。
- Hyperledger Besu:企業向けに設計されたEthereum互換のブロックチェーン実装。参加者を限定する許可型のネットワークとして構成でき、パブリックチェーンと同じ技術仕様を保ちながら、誰が台帳に参加するかを管理者が制御できる。
- クロスチェーンDvP:異なるブロックチェーン上に置かれた証券と資金を、どちらか一方だけが渡ることのないよう同時に決済する仕組み。CBMTでは、パブリックチェーン上のトークン化資産と許可型チェーン上の預金トークンを突き合わせる形が検証されている。
- TSP(技術サービス提供者):参加行や企業の接続、システム統合、ネットワーク間の相互運用を担う共通基盤の提供者。各行が個別に開発する負担を減らす一方、単一障害点にならない設計とガバナンスが課題になる。
出典
- CBMT Working Group(German Banking Industry Committee)公式サイト(2026年8月24日閲覧): https://www.cbmt.world/
- German Banking Industry Committee / BDI「Commercial Bank Money Token(ポジションペーパー)」(2024年7月16日): https://die-dk.de/media/files/240716_DKBDI_position_CBMT_final.pdf
- Blockstories「SEC Opens BENJI to Franklin Templeton's Own Funds」(ABN AMROのCBMT参加に言及、2026年8月20日): https://www.blockstories.io/b/sec-opens-benji-to-franklin-templetons-own-funds
- Ledger Insights「Germany's deposit token consortium CBMT evolves for pre-production trials」(2026年2月19日): https://www.ledgerinsights.com/germanys-deposit-token-consortium-cbmt-evolves-for-pre-production-trials/
本記事は公開情報に基づく解説であり、投資助言を目的としたものではありません。