HSBCとスタンダードチャータードは8月19日、Swiftのブロックチェーン基盤上で初のクロスボーダー・トークン化預金取引を実行したと発表した。これまで各行が自行内に閉じた基盤で運用してきたトークン化預金が、初めて銀行をまたいで動いた点に意味がある。
何が起きたか
Swiftは7月9日、ブロックチェーン基盤の共有台帳が初期利用可能な状態になったと発表し、6大陸17行がライブ取引のパイロットを準備していると公表していた。参加行はANZ、BNPパリバ、BNY、シティ、DBS、First Abu Dhabi Bank、FirstRand、HSBC、Itaú Unibanco、Lloyds、Mashreq、MUFG銀行、OCBC、スタンダードチャータード、UBS、UOB、ウェルズ・ファーゴである。今回はその台帳上で実行された最初の銀行間取引にあたる。
処理の流れはこうだ。両行がSwiftの台帳を経由して支払メッセージを交換し、そこから生じた債務を、HSBCのTokenised Deposit Service(TDS)とスタンダードチャータードのトークン化預金基盤にそれぞれトークン化預金債務として記録する。Swiftの台帳は「セキュアなオーケストレーション層」として両行間の債務をマッチング・ネッティングし、最終決済は既存システムを通じて行われる。
つまりSwiftの台帳自体は決済資産を保有しない。24時間365日動くのは顧客の資金移動であって、銀行間の最終決済は従来どおりRTGSやコルレス関係を通じて完了する。HSBCのデジタル通貨責任者Lewis Sun氏は、銀行が発行するデジタルマネーが既存の金融エコシステムの規制監督を維持したまま機関間で相互運用できることを示したものだと説明している。
なぜ重要か
日本の銀行にとって重要なのは、この設計がコルレス業務の代替ではなく、その上に載せる層として組まれている点である。既存のコンプライアンス・与信・リスク管理の枠組みを壊さずに顧客資金の移動だけを常時化する構造であり、導入コストと規制論点の性質が「置き換え」型の構想とは大きく異なる。
MUFG銀行がパイロット17行に入っており、日本のメガバンクはすでに実装側の当事者である。国内では3メガバンクが共同発行ステーブルコインの2026年度中の実取引開始を目指し、トークン化預金DCJPYも並走している。越境側の選択肢がここに加わる形になる。
事業法人の資金管理部門への含意も具体的だ。これまで夜間・週末に資金を動かせるのは同一銀行内に限られていた。銀行をまたいで動かせるようになれば、グループ内資金プーリングや流動性配置の前提が変わる。国内銀行の外為・キャッシュマネジメント商品は、提案内容の組み替えを迫られる可能性がある。
注視点
今回は1件の実取引であり、金額・通貨・件数は公表されていない。商用スケールに乗るかは、他のパイロット行が実取引に続くかどうかで判断すべき段階にある。
次の論点は中央銀行マネーとの接続である。欧州ではECBがDLT取引を中央銀行マネーで決済する基盤Pontesの初回稼働を2026年第3四半期中に予定しており、清算機関がテストに入っている。トークン化預金の相互運用と中央銀行マネー決済がどう噛み合うかは、まだ設計途上とみられる。
日本については、日銀ネットとの接続は現時点で議論の外にある。円建てでこの構造が成立しうるかは未整理であり、当面は外貨建ての越境決済が実装の中心になると考えられる。
用語解説
トークン化預金(tokenised deposit) 銀行預金という既存の負債を、ブロックチェーン上のトークンとして表現し直したもの。預金そのものの法的性質は変わらず、記録の置き場所と移転の手段だけが変わる。ステーブルコインとの最大の違いは、預金保険の対象になりうる点と、銀行の信用創造の枠内にとどまる点にある。国内ではディーカレットDCPのDCJPYが同じ考え方で、ゆうちょ銀行やSBI新生銀行が採用を進めている。
共有台帳(shared ledger) 複数の銀行が同一の取引記録を持ち、内容の一致を常時確認し合う仕組み。互いを完全には信頼していない当事者が、単一の運営者に依存せず同じ記録を共有する必要があるという要請から生まれた設計である。各行が自行のデータベースだけを持つ従来型では、相手行の記録と食い違ったときに突き合わせ作業が発生するが、共有台帳ではその前提が変わる。
オーケストレーション層(orchestration layer) 決済そのものを行わず、当事者間の債務を突き合わせて整理する役回りを指す。今回のSwiftの台帳がこれにあたり、資金を保有せず、両行の債務をマッチング・ネッティングするだけで、最終決済は既存のRTGSやコルレス関係に委ねる。従来のコルレス決済における照合・ネッティング業務を、共有台帳上に載せ替えたものと理解すると近い。
相互運用性(interoperability) 異なる事業者が別々に構築した基盤の間で、資産や情報をやり取りできる状態。トークン化預金は各行が自前の基盤で発行するため、放置すると「自行の顧客同士でしか動かせない閉じた資金」になる。この閉塞を解く仕組みが用意されなければ、24時間365日動くという利点が銀行内部に閉じ込められてしまう。
中央銀行マネーによる決済(settlement in central bank money) 最終的な資金の受け渡しを中央銀行の当座預金で完了させること。民間銀行の債務と違い信用リスクを伴わないため、決済の最終性(ファイナリティ)を担保する土台とされる。ECBのPontesは、DLT上で成立した取引をこの中央銀行マネーで決済できるようにする取り組みであり、日本でいえば日銀ネットとブロックチェーン基盤をつなぐ構想に相当する。
出典
- Swift「Swift's blockchain ledger ready for use as 17 banks set to pioneer tokenised cross-border payments on trusted global infrastructure」(2026年7月9日): https://www.swift.com/news-events/press-releases/swifts-blockchain-ledger-ready-use-17-banks-set-pioneer-tokenised-cross-border-payments-trusted-global-infrastructure
- Swift「Building the digital payment stack of the future」(ブロックチェーン基盤台帳の解説ページ): https://www.swift.com/payments/payment-innovation/blockchain-based-ledger
- Swift提供リリース「First Interbank Transaction Executed on Swift's Blockchain-Based Ledger」(2026年8月19日、Markets Media掲載): https://www.marketsmedia.com/first-interbank-transaction-executed-on-swifts-blockchain-based-ledger/
- European Central Bank「Pontes」(プロジェクトページ): https://www.ecb.europa.eu/paym/target/pontes/html/index.en.html
本記事は公開情報に基づく解説であり、投資助言を目的としたものではありません。