ANALYSISグローバル2026-08-18

オンチェーン金融に「与信のない仕組み」は存在しない——超過担保が消したのは審査であって、信用リスクではない

DeFiの超過担保レンディングは、借り手を審査せずに貸す仕組みとして設計された。だがこの4年の事故を並べると、消えたのは審査という工程だけで、信用リスクは担保・価格情報・コード・法的ラッパーへ移動している。実務者が立てるべき問いは「誰を信用するか」ではなく、「信用がどこに埋め込まれ、それに値段がついているか」である。

BY 石田陽之 · 9 MIN READ

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DeFiの超過担保レンディングは、借り手を審査せずに貸す仕組みとして設計された。だがこの4年の事故を並べると、消えたのは審査という工程だけで、信用リスクは担保・価格情報・コード・法的ラッパーへ移動している。実務者が立てるべき問いは「誰を信用するか」ではなく、「信用がどこに埋め込まれ、それに値段がついているか」である。

何が論点なのか

BISは2022年6月のBulletin No 57で、DeFiレンディングを「情報なき仲介」と呼んだ。借り手が匿名であるがゆえに超過担保が支配的となり、借り手の信用評価が完全に欠落している。そして実体経済の与信に踏み込むには借り手情報を集める能力が必要になり、その結果システムは中央集権へ引き寄せられる、と結論づけている。

規模は小さくない。Aaveの借入残高は約111億ドル(約1.8兆円、1ドル=159円・2026年8月中旬)、利用率は約75%(2026年5月時点)。借り手の与信調査をまったく行わずに、この規模の貸出が回っている。「与信が発生しない」という言い方の根拠はここにある。

しかし損失は現に発生している。ならば何が損失を生んだのか。分解すると、与信の移転先が四つ見えてくる。

移転先① 担保トークンの発行構造

2026年4月18日、KelpDAOのクロスチェーンブリッジの脆弱性を突かれ、約11万6,500 rsETH(約2億9,300万ドル=約466億円)が裏づけなく発行された。攻撃者はこれを市場で売らず、そのままAaveに担保として差し入れてWETHを借り出した。Aaveには約1億7,700万ドル(約281億円)規模の不良債権が残り、TVLは約66億ドル減少した。Aaveのコントラクト自体は破られていない。

超過担保比率が150%でも、担保が偽物なら意味がない。伝統的な与信が見ていたのは借り手のデフォルト確率だが、ここで見るべきは「担保トークンの発行・ブリッジ構造が破られる確率」である。評価対象が変わっただけで、これは信用リスクそのものだ。

移転先② 価格を誰が決めるか

2025年11月、Stream Financeが外部運用者による約9,300万ドル(約148億円)の損失を開示し、同社のxUSDは48時間で9割超下落した。関連する債務エクスポージャーはMorpho・Euler・Silo等をまたいで約2億8,500万ドル(約453億円)と推計されている。

決定的だったのは、複数の貸出市場がxUSDのオラクル(外部価格情報の取り込み口)価格を1ドルに固定していた点だ。実勢価格が0.23ドルまで落ちても清算は発動せず、借り手は本物のステーブルコインを引き出し、貸し手の手元に無価値な担保が残った。2025年10月10日の大規模清算(24時間で約190億ドル=約3.0兆円)も同型で、自社の板を価格参照に使った取引所内でUSDeが0.65ドルまで乖離したことが連鎖を増幅している。

超過担保は「担保を市場価格で常時評価し、割れたら即時清算する」という前提の上にしか成立しない。その前提は、価格情報の供給者に対する信用である。

移転先③ 無担保に踏み込むと審査人が戻る

Goldfinchは2026年6月、ガバナンス提案GIP-87により事業の巻き取りを決めた。2021年以降の組成は約1億ドル(約159億円)、残存約5,600万ドル(約89億円)、借り手8社のうち2社がデフォルト、6社が条件変更中と報じられている。回収は法的手続きに移り、数年単位の作業になった。

2022年12月にはMaple Financeで、Orthogonal Tradingが8本・3,600万ドル(約57億円)をデフォルトさせている。原因は市場損失ではなく、FTX向けエクスポージャーの虚偽申告だった。デューデリジェンスを担うプール委任者という設計そのものが破られた形だ。

担保を外した瞬間、返済能力・担保・経営者の資質という伝統的な与信の三要素に戻る。しかもオンチェーンであることは回収の役に立たず、法域をまたぐ分だけ回収は遅く不確実になった。BISが予測した「中央集権への引き寄せ」は、キュレーターやプール委任者という審査人の再登場として現実化したと考えられる。

移転先④ 法的ラッパー——ここが日本の勝負どころ

ステーブルコインの残高は約3,000億ドル(約47.7兆円)規模で、上位2銘柄が8割超を占める。保有者は発行体に対する無利息・無担保の債権者にすぎない。

米国はこの与信を法律で処理した。GENIUS Actは準備資産を破産財団から除外し、保有者に第一順位の担保権と、不足時には管理費用や税債権にも優先する超優先請求権を与える設計を採る。OCCとFDICは2026年に実施規則案を公表した。技術ではなく倒産法で信用リスクを切っている。

日本も構図は同じだ。3号電子決済手段(特定信託受益権)は信託による倒産隔離を、2号の資金移動業型は別の保全手段を用いる。同じ「円建てステーブルコイン」でも、発行体信用リスクの強度は法的スキームで決まる。

一方、銀行にはバーゼルのSCO60が効く。パブリック無許可チェーン上の資産は分類条件を満たしにくくGroup 2に落ち、リスクウェイトは1250%——実質的に1対1の自己資本を要求される水準となる。与信判断より先に、資本コストが取扱いの可否を決める構造にある。

反論はどこにあるか

最も強い反論はこうだ。「移った先の与信のほうが、伝統的な与信より扱いやすい」。

第一に、アトミックDvP(資金と証券の受け渡しを同時に完結させる仕組み)は決済リスクを実際に消す。J.P. MorganのKinexysは、日中レポの取引量が3,000億ドル(約47.7兆円)規模に達したと自ら開示している。日中与信枠という与信そのものが不要になる領域は確かに存在する。第二に、担保が常時可視で24時間清算されるという情報環境は、四半期開示に依存する伝統的与信より優れている。Orthogonalは虚偽申告で飛んだが、超過担保はそもそも借り手の申告に依存しない。

この反論は半分正しい。決済リスク、すなわち時間差から生じるリスクについて、オンチェーンは消去に近いことを実現している。だが返済能力のリスクについては成立しない。Goldfinchが示したのは、返済能力の判断を要する領域に入った瞬間、ブロックチェーンが何の助けにもならなかったという事実である。分けて評価すべきだ。オンチェーンが改善するのは与信の「執行」であって、「判断」ではない。

日本の金融機関にとっての意味

第一に、エクスポージャー台帳の単位を書き換えること。「誰に貸したか」ではなく「どの発行体・どのオラクル・どの管理鍵・どのブリッジに依存しているか」を単位に管理する。保有するステーブルコインは現金同等物ではなく、発行体向けの無担保債権として把握するほうが実態に近い。

第二に、法的ラッパーの選択を与信管理の一部として扱うこと。円建てステーブルコインを扱うなら、信託型か資金移動業型かで倒産隔離の強度が変わる。技術デューデリの前に、契約と倒産法の確認を置くべきだ。

第三に、超過担保を「与信リスクの消去」ではなく「市場流動性リスクへの変換」と位置づけること。ストレス時に清算が発動するか(オラクルの健全性、DEXの流動性、チェーンの稼働)を審査項目に落とす。信用リスク部門の所管から外れた瞬間、誰も見なくなるのが最大の落とし穴である。

「与信が発生しない仕組み」という説明は、実務上ほぼ常に誤りだと考えたほうがよい。発生しなくなったのは審査であって、信用リスクは形を変えて残っている。オンチェーン金融の与信管理とは、その移転先を特定し、値段をつけ、台帳に載せる作業である。

出典


本記事は公開情報に基づく分析であり、投資助言を目的としたものではありません。

END OF RECORD / VERIFIED 2026-08-18

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WRITTEN BY
石田陽之

石田陽之

編集長

2017年より、一貫してトークンやNFTの活用、ブロックチェーンゲームの企画・開発、NFTを活用した事業開発に従事。大手エンタメ上場企業を始め、80件以上のブロックチェーンプロダクトに対し事業責任者や設計、PM、アドバイザー等、様々な立場でブロックチェーン関連の事業開発に関わってきた。2021年よりCabinet株式会社を創業。

@akihisa_ishida →

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