シンガポール金融管理局は2026年9月1日、単一通貨ステーブルコイン枠組み(MAS-SCS)を決済サービス法2019に落とし込む改正案を公表し、10月16日まで意見を募集する。最大の変更点は、2023年に否定した多法域発行の個別容認と、外国発行ステーブルコインを「MAS承認」として受け入れる新制度で、いずれも他法域規制との実質同等性評価と当局間協力を条件とする。日本の3号電子決済手段は国内発行・国内信託を前提としており、同等性評価の俎上にどう載せるかは未整理のまま残る。
何が起きたか
MASは9月1日、決済サービス法2019(PS法)の改正案を含むコンサルテーションペーパーを公表した。意見募集は10月16日まで、下位法令は別途協議される。最初の協議は2022年10月、方針確定は2023年8月で、立法化は当初2025年第4四半期が見込まれていた。
改正案は「ステーブルコイン」と「MAS規制ステーブルコイン」を法定定義し、前者をデジタル決済トークンの一種としたうえで電子マネーの定義から除外する。発行者には独立した免許種別を新設する。準備資産100%、額面償還、白書開示、業務範囲制限は方針から引き継がれる。
新規提案の柱は、多法域発行の個別免除、外国発行ステーブルコインの承認制度、発行者による利息付与の禁止、四半期ごとのストレステストと再建・清算計画、追跡・凍結・バーンの技術的能力である。システム上重要なステーブルコインを個別指定する制度も設けられ、国外発行のものも対象となる。銀行は別法人を通じてのみ発行できる。トークン化預金は枠組みの対象外である。
なぜ重要か
日本の資金決済法は3号電子決済手段を信託銀行、2号を資金移動業者に限り、いずれも国内発行者を前提とする。海外発行ステーブルコインの国内流通は電子決済手段等取引業者が取り扱うかどうかに依存し、発行者側の規制同等性を正面から評価する制度はない。MASの承認制度がホールセールのクロスボーダー利用を念頭に置くことは、日本の金融機関がシンガポール拠点で決済を行う際にJPYCやJPYSCが承認対象になりうるかという論点を生む。
銀行本体による発行を認めない設計も見落とせない。日本は信託銀行本体が3号電子決済手段を発行する構造であり、破綻隔離の技法がここで分岐している。
注視点
下位法令の協議時期と施行時期はいずれも未定である。準備資産に占める現金・銀行預金の最低比率を課すかは検討中で、MASは英EUが非システム上重要で5〜30%、システム上重要で40〜60%を求める点に言及する。発行総量や個人保有額の上限も論点に挙がる。日本の金融庁が同等性評価の相手方としてどう位置づけられるかが、次の焦点になるとみられる。
用語解説
- MAS-SCS枠組み:シンガポールドルまたはG10通貨に連動する単一通貨ステーブルコインを対象とする規制枠組み。免許を受けた発行者だけが「MAS規制」を名乗れる任意参加型で、名乗らないステーブルコインもデジタル決済トークンとして合法に流通できる。強制的な免許制を敷く米国・香港・EUとは規制技法が異なる。
- 多法域発行(MJI):同一のステーブルコインを複数法域の関連会社が同時に発行し、準備資産を共通のプールで管理する形態。1つの法域で全量の準備を持つ必要がなくなる反面、償還請求がどの発行者に向かうかで流動性が偏る危険がある。MASは償還手数料と期限を法域間で揃えることを免除の条件とする。
- デジタル決済トークン(DPT):PS法上の暗号資産の総称。ステーブルコインはこの一種と整理され、MAS規制を受けないものも既存のDPT規制の下で取り扱われる。日本の「暗号資産」と「電子決済手段」が排他的な関係にあるのとは構造が違う。
- 実質同等性:外国の規制枠組みがMAS-SCS枠組みと実質的に同水準かを個別に判断する考え方。多法域発行の免除と外国SC承認の双方で前提となり、当局間の監督協力・情報共有の取り決めがあるかが重視される。相互承認の入口を、条約ではなく監督当局の判断に委ねる手法である。
- システム上重要なステーブルコインの指定:発行地や免許の有無にかかわらず、MASが特定のステーブルコインを指定して追加要件を課す制度。指定されたものが要件を満たさない場合、MASは国内の取引業者に取扱停止や上場廃止を命じることができる。任意参加型の枠組みに強制力を後付けする装置にあたる。
出典
- Monetary Authority of Singapore「Consultation Paper on Proposed Amendments to the Payment Services Act for Stablecoin Regulation(P015-2026)」(2026年9月1日): https://www.mas.gov.sg/publications/consultations/2026/consultation-on-proposed-amendments-to-the-payment-services-act-for-stablecoin-regulation
- Monetary Authority of Singapore「MAS Consults on Legislative Amendments to Implement Stablecoin Regulatory Framework」(2026年9月1日): https://www.mas.gov.sg/news/media-releases/2026/mas-consults-on-legislative-amendments-to-implement-stablecoin-regulatory-framework
- Gibson Dunn「Singapore Publishes Draft Legislation to Implement Its Stablecoin Framework」(2026年9月1日): https://www.gibsondunn.com/singapore-publishes-draft-legislation-to-implement-its-stablecoin-framework/
- TNGlobal「MAS consults on legislative amendments to implement stablecoin regulatory framework」(2026年9月1日): https://technode.global/2026/09/01/mas-consults-on-legislative-amendments-to-implement-stablecoin-regulatory-framework/
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