SES事業の株式会社エンジニアのミカタは8月28日、希望する正社員および業務委託メンバーに対し、月々の給与または報酬の一部もしくは全額を日本円建てステーブルコイン「JPYC」で支払う制度を開始すると発表した。支払いは本人が指定するパブリックブロックチェーン上のウォレットへ直接送付する。正社員については、同社と本件に関する労働協約を締結した労働組合に属する者が対象と明記された。同社は関連法令に基づく制度整備を前提とするにとどめ、労働基準法上の位置づけや源泉徴収の実務、開始時期は開示していない。
何が起きたか
発表したのは東京都新宿区に本社を置くエンジニアのミカタ(田代正義代表取締役社長、2020年5月設立)。対象は、同社と本件に関する労働協約を締結した労働組合に属する正社員のうち希望する者、および業務委託契約を結ぶメンバーのうち希望する者。月々の給与または報酬の一部もしくは全額を、希望者が指定するパブリックブロックチェーン上のウォレットへJPYCで直接送付する。JPYCはJPYC株式会社が発行し日本円と1対1で連動するステーブルコインで、資金決済法上の電子決済手段に該当し暗号資産ではない。リリースは制度の趣旨と両社代表のコメントが中心で、法的構成の説明はない。
なぜ重要か
労働基準法24条は賃金を通貨で直接支払うことを求める。2023年4月に始まった賃金のデジタル払いも、厚生労働大臣が指定した資金移動業者の口座への資金移動に限られ、パブリックチェーン上のウォレットへの送付はこの枠組みに収まらない。それでも本件が成立しうるのは、同条但書が労働協約に別段の定めがある場合に通貨以外での支払いを認めているためとみられる。設計の入口は金融規制ではなく労働法の例外条項にある。銀行・信託銀行・資金移動業者が発行を競う一方、労働者が何で受け取れるかを決めているのは労使関係の法だという構図であり、給与振込口座を起点に個人取引を束ねてきた銀行には軽視できない。
注視点
第一に、労働協約による例外は当該組合の組合員にしか及ばない。非組合員の正社員の扱いは開示されていない。第二に、源泉徴収と社会保険料控除は円建てで確定させる必要があり、送付するJPYC額と課税所得の対応をどう記録するかが実務の焦点になる。第三に、受取後の秘密鍵管理と誤送付のリスクは労働者側に移る。厚生労働省がこの構成に解釈を示すかも見ておきたい。
進捗段階
産業トラック①(発表・制度設計段階)。開始の発表にとどまり、支払い実績、対象人数、社内規程はいずれも未公表。同社自身が制度整備を前提と条件付けており、稼働は確認できていない。
用語解説
- 電子決済手段:資金決済法が2023年6月に新設した区分で、法定通貨に価値を連動させ、不特定の者への支払いに使えるトークンを指す。暗号資産と区別され、発行体は銀行・信託会社・資金移動業者に限定される。価格変動を前提とする暗号資産の規制ではなく、送金・決済手段としての規律を当てるために設けられた。
- 賃金通貨払いの原則:労働基準法24条1項が定める、賃金は通貨で直接全額を支払うという原則。現物給与による事実上の賃下げや換金困難を防ぐための規定で、法令または労働協約に別段の定めがある場合にのみ例外が認められる。
- 労働協約:労働組合と使用者が労働条件について結ぶ書面の協定。就業規則や個別の労働契約より強い効力を持ち、賃金通貨払いの原則を外す唯一の私的合意手段として機能する。効力が及ぶのは原則として当該組合の組合員に限られる。
- 賃金のデジタル払い:2023年4月に解禁された、厚生労働大臣の指定を受けた資金移動業者の口座へ賃金を振り込む方式。破綻時の保証や上限額など利用者保護の条件が付されており、指定を受けていない事業者の口座やブロックチェーン上のウォレットは対象外である。
出典
- 株式会社エンジニアのミカタ「【株式会社エンジニアのミカタ】日本円ステーブルコイン「JPYC」による給与・報酬支払い制度を開始」(2026年8月28日): https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000036.000073663.html
- あたらしい経済「エンジニアのミカタ、給与・業務委託報酬を日本円ステーブルコイン「JPYC」で支払いへ」(2026年9月1日): https://www.neweconomy.jp/posts/604450
本記事は公開情報に基づく解説であり、投資助言を目的としたものではありません。