米財務省の金融犯罪取締ネットワーク(FinCEN)は2026年10月5日、暗号資産に関する2つの規則案を撤回する文書を官報に提出した(10月6日掲載予定)。撤回したのは、2020年12月に提案した自己管理型ウォレットとの取引の記録・報告規則案と、2023年10月に提案した暗号資産ミキシングを「主要なマネロン懸念」の取引類型とする特別措置案である。日本の金融機関にとっては、米国が一般的な報告義務を外し、個別の送金網の指定は強めている点が論点になる。ミキシングは監視を続け、将来の措置の余地を残した。
何が起きたか
1つ目の規則案は、銀行や送金業者に対し、自己管理型ウォレットや一部の外国のウォレットが相手となる取引について、1万ドル(約158万円、三菱UFJ銀行の2026年10月6日公示仲値1ドル=157.96円で換算、以下同じ)を超える取引の報告と、3,000ドル(約47万円)を超える取引の記録を求めるものだった。報告の基準は、24時間以内の複数の取引の合算にも適用される。FinCENは、デジタル資産の規制を目的に合ったものにする政権の取り組みの一環として撤回し、この案についてこれ以上の措置はとらないとした。2つ目の特別措置案は、ミキシングに関わる取引について、送金額、ウォレットのアドレス、取引のハッシュ、IPアドレスなどの報告と、顧客情報の記録を求めていた。FinCENは、ミキシングの定義が広く正当な取引を萎縮させるおそれがあり、金融機関の報告負担も重いことを撤回の理由に挙げた。一方で、不正な利用者が今もミキサーを悪用していることは認めた。
なぜ重要か
米財務省は直前に、ルーブル建てステーブルコインを使う送金網を国際犯罪組織に指定し、米金融機関との取引を禁じる案を示している。今回の撤回と合わせると、名指しした相手には強い措置をとり、取引全般にかける報告の網は外す方向が見える。日本の銀行や交換業者にとって、米国の規則が直接求める作業は減る。ただ、金額の基準で一律に報告する仕組みがなくなるぶん、どの取引を疑わしいとみるかは各社のリスク評価に委ねられる。トラベルルールの運用や、制裁対象の確認の重要性は変わらない。
注視点
第一に、FinCENがミキシングに、取引の類型ではなく個別のサービスの指定で対応するかどうか。第二に、FATFや日本の当局が、自己管理型ウォレットとの取引の扱いを見直すかどうか。第三に、11月4日に意見の締切を迎えるA7ネットワークとの送金禁止案の行方である。
進捗段階
規制トラック:撤回(2つの規則案は最終規則に至らず終了。ミキシングは将来の措置の可能性を残す) 実装トラック:対象外
用語解説
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自己管理型ウォレット(アンホステッドウォレット):交換業者などの事業者に預けず、利用者が自ら秘密鍵を管理するウォレット。事業者を介さないため、送金の相手の本人確認を事業者の側で行えない。マネロン対策の上で、事業者が管理するウォレットとの取引とは扱いを分けるべきかが論点になってきた。
- 英:unhosted wallet / 用例:Banks no longer face a special reporting rule for unhosted wallet transfers. (銀行は、自己管理型ウォレットとの送金について、特別な報告規則の対象ではなくなる)
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ミキシング(ミキサー):複数の利用者の暗号資産を混ぜ合わせ、送金元と送金先の結びつきを追いにくくするサービス。プライバシーの保護に使われる一方、犯罪収益の洗浄にも悪用されてきた。米国は過去に、個別のミキサーを制裁の対象にしたことがある。
- 英:mixer / 用例:Criminals still use mixers to hide where stolen funds came from. (犯罪者は今も、盗んだ資金の出所を隠すためにミキサーを使っている)
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特別措置(愛国者法311条):米財務省が、特定の国、金融機関、取引の類型などを「主要なマネロン懸念」と認定し、米金融機関に追加の記録や報告、取引の制限を課せる権限。指定を受けた相手との取引は、事実上大きく制約される。今回撤回されたミキシングの案は、この権限を取引の類型に使う初めての試みだった。
- 英:special measure / 用例:FinCEN withdrew the special measure but kept the option to act later. (FinCENは特別措置を撤回したが、後で措置をとる余地は残した)
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規則案の撤回:行政機関が、意見募集にかけた規則案を最終規則にしないと決め、官報で正式に取り下げること。撤回された案は効力を持たないまま終わる。同じ目的の規制を再び行う場合は、新たに規則案を出し直す必要がある。
- 英:withdrawal of proposed rule / 用例:The withdrawal of the proposed rule ends a process that began in 2020. (規則案の撤回で、2020年に始まった手続きが終わる)
出典
- FinCEN「Requirements for Certain Transactions Involving Convertible Virtual Currency or Digital Assets」撤回文書(Federal Register Public Inspection 2026-20430、2026年10月5日提出、10月6日掲載予定): https://public-inspection.federalregister.gov/2026-20430.pdf
- FinCEN「Proposal of Special Measure Regarding Convertible Virtual Currency Mixing, as a Class of Transactions of Primary Money Laundering Concern」撤回文書(Federal Register Public Inspection 2026-20429、2026年10月5日提出、10月6日掲載予定): https://public-inspection.federalregister.gov/2026-20429.pdf
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