中国銀行(香港)(BOCHK)とAnt Internationalは2026年8月20日、クロスボーダー決済と企業向け資金管理をめぐる戦略提携を発表した。Ant側の組込型金融事業Bettrが同行と組み、分散台帳技術とトークン化を用いたリアルタイムの資金繰り管理・運用ソリューションを設計する。ただしブロックチェーン部分は検討段階にとどまり、稼働時期も対象通貨も示されていない。Antは各国の銀行でトークン化預金の初期利用者となってきた事業者であり、需要がどの顧客層から立ち上がるかを読む材料になる。
何が起きたか
提携は三つの領域で構成される。第一に個人のクロスボーダー決済で、BOCHKがAnt Internationalのウォレット接続基盤Alipay+に対し、東南アジアでの決済に必要な口座・決済銀行サービスを提供する。Alipay+は50社超のモバイル決済事業者と接続し、20億超のユーザーアカウントをカバーするとしている。BOCHKの顧客は自行口座とクレジットカードをAlipayHKに連携できるようになった。第二に企業のリアルタイム流動性管理で、Bettrが分散台帳技術とトークン化を用いた資金繰り・運用ソリューションを共同で検討する。第三に中小企業支援で、WorldFirstが220超の国・地域をカバーする越境資金管理を提供する。両社の取引関係は2013年に遡る。ブロックチェーン関連はいずれも検討段階であり、稼働の発表ではない。
なぜ重要か
日本の銀行にとっての含意は、トークン化預金の需要側の姿にある。国内ではDCJPYやProgmatなど供給側の基盤整備が先行しているが、24時間365日で資金を動かす必然性を持つのは、まず決済プラットフォーム事業者やグローバルに資金を回す事業会社である。その代表格が香港の人民元クリアリング銀行と組む構図は、トークン化預金が「銀行が作って顧客に使ってもらうもの」ではなく「大口の需要側が銀行を選ぶもの」になりつつあることを示唆する。邦銀がトークン化預金を検討する際、どの顧客セグメントが最初にそれを必要とするのかを先に定義しなければ、基盤だけが残る結果になりかねない。
注視点
検討段階のブロックチェーン部分が、どの通貨・どの決済シーンで実装に至るかが第一の焦点である。BOCHKは香港の3発券銀行の一つであり人民元クリアリング銀行でもあるため、人民元建てのトークン化が視野に入れば、円建てとの接続が日本の銀行の論点になる。第二に、接続方式の標準化である。Antは2025年にHSBCとの間でSwift網を用いたトークン化預金のクロスボーダー送金試験を実施したと報じられており、銀行ごとの個別接続が共通の標準に収れんしていくかを見る必要がある。
用語解説
- トークン化預金:銀行の預金債務をそのまま分散台帳上のトークンとして記録し、移転できるようにしたもの。預金は引き続き銀行のバランスシート上にあり、預金保険の対象となる点でステーブルコインと異なる。24時間365日の送金やスマートコントラクトによる条件付き支払いが可能になる一方、原則として同一銀行に口座を持つ利用者間の移転に限られ、他行との接続には別の仕組みが要る。
- 分散台帳技術(DLT):複数の参加者が同じ取引記録を共有し、単一の管理者に依存せずに記録の同一性を保つ技術。取引ごとの照合作業を減らせる点が金融実務での主な利点だが、記録の責任主体を誰にするかという設計問題が常に伴う。
- Alipay+:Ant Internationalが運営する、各国のモバイルウォレットと加盟店をつなぐ決済接続基盤。利用者は自国のウォレットのまま海外加盟店で支払える。銀行は口座・精算の提供者として裏側に入る構図になる。
- 人民元クリアリング銀行:中国本土外で人民元取引の清算・決済を担うよう中国人民銀行から指定された銀行。BOCHKは香港の指定行で、オフショア人民元市場の中心的な決済機能を担っている。
- 発券銀行:香港で香港ドル紙幣の発行を認められた民間銀行。BOCHK、HSBC、スタンダードチャータードの3行が該当する。
出典
- Ant International・Bank of China (Hong Kong)「BOCHK and Ant International Forge Strategic Partnership to Enhance Cross-border Payment Connectivity and Innovative Corporate Financial Service Solutions Through Fintech」(Business Wire配信、2026年8月20日): https://secure.businesswire.com/news/home/20260819555366/en/BOCHK-and-Ant-International-Forge-Strategic-Partnership-to-Enhance-Cross-border-Payment-Connectivity-and-Innovative-Corporate-Financial-Service-Solutions-Through-Fintech
- 同リリース全文(MarketScreener転載、2026年8月20日): https://www.marketscreener.com/news/bochk-and-ant-international-forge-strategic-partnership-to-enhance-cross-border-payment-connectivity-ce7859d3dd8bf023
- Ledger Insights「Ant International partners Bank of China HK for cross border payments, including tokenization」(2026年8月21日): https://www.ledgerinsights.com/ant-international-partners-bank-of-china-hk-for-cross-border-payments-including-tokenization/
本記事は公開情報に基づく解説であり、投資助言を目的としたものではありません。