欧州の研究ネットワークCEPRに寄稿した研究者3人が、米国とEUで同一のドル建てステーブルコインを発行する「マルチ発行」の取付け対策として、EUの償還ルールを米国に合わせ、危機時の償還遅延と手数料を認めるべきだと提言した。英Ledger Insightsが2026年9月9日に報じた。海外発行ステーブルコインの取扱いを制度化した日本にも、法域ごとに償還条件が異なる問題は及ぶ。提言は研究者の意見で、欧州委員会のMiCA見直しへの反映は未定である。
何が起きたか
マルチ発行はUSDCで既に採用されている。サークルは米国で発行するとともに、フランス法人を通じてMiCAの下でも発行し、準備資産は法域ごとに分けて保有する。MiCAは保有者に、いつでも手数料なしで額面での償還を請求する権利を与える。一方、GENIUS法を実施する米通貨監督庁(OCC)の規則案は、2営業日の償還猶予を認め、1日の償還請求が発行残高の10%を超えれば7日まで延長でき、手数料も課せる設計である。トークンは同一で交換可能なため、世界中の保有者がEU法人に償還を持ち込めるが、EU法人の準備資産はEU域内の発行分しか裏付けていない。欧州委員会は5月の意見募集で、償還をEU域内の保有者に限る案、専用の流動性バッファー、法域間の準備資産移転を挙げた。研究者らは、居住者確認は適格者への転売で回避され、バッファーは取付けの誘因を消さず、危機時には米当局がドルを囲い込み準備資産が動かなくなるとして、いずれも機能しないと論じた。欧州システミックリスク理事会(ESRB)も2025年9月の勧告で、第三国と組むマルチ発行はEU発行体への償還請求の集中を招き得ると指摘していた。欧州議会は7月、安全策を条件にマルチ発行を容認する立場を示している。
なぜ重要か
論点の核心は、トークンの同一性と準備資産の分断が両立しないことにある。日本の電子決済手段等取引業者が海外発行のドル建てステーブルコインを扱う場合、国内の利用者がどの法域の発行体に、どの条件で償還を請求できるのかを説明できなければならない。危機時に国内利用者の償還が海外の規則で遅れる可能性は、利用者保護と説明義務の双方に関わる。円建ての信託型ステーブルコインを海外で流通させる構想にとっても、向きが逆の同じ問題が生じる。
注視点
欧州委員会がMiCA見直しの立法提案でマルチ発行をどう扱うかが次の節目となる。米国ではGENIUS法の実施規則の確定作業が続いており、償還猶予の規定が最終規則に残るかどうかで欧米の条件差が決まる。日本では、海外発行ステーブルコインを扱う事業者が、償還経路と準備資産の所在をどこまで開示するかが実務上の論点になるとみられる。
用語解説
- マルチ発行:同一のステーブルコインを、複数の法域の発行体がそれぞれの規制の下で発行し、互いに交換可能なものとして流通させる方式。利便性は高いが、準備資産が法域ごとに分かれるため、償還請求の偏りに弱い構造を持つ。
- MiCA(暗号資産市場規則):EUが2024年に全面適用した暗号資産の包括規制。法定通貨に連動するトークンの発行体に、額面での即時償還義務や準備資産の管理ルールを課している。
- 償還猶予:発行体が償還請求に応じるまでの期間に一定の猶予を設ける仕組み。取付け時の投げ売りを防ぐ効果がある反面、保有者にとっては現金同等性が損なわれる。預金の即時払戻しとの違いを示す要素でもある。
- 取付け(ラン):信用不安が広がり、保有者が一斉に払戻しを求める現象。先に請求した者ほど有利になるため、不安が自己増殖的に拡大する。ステーブルコインでは24時間請求できるため、速度が銀行より速いとされる。
- 準備資産:ステーブルコインの価値を裏付けるために発行体が保有する現金や短期国債などの資産。どこに、誰の名義で、どの規制の下で保管されているかが、償還能力と倒産時の保護を決める。
出典
- Ledger Insights「Stablecoin multi-issuance: EU researchers propose copying US redemption limits」(2026年9月9日): https://www.ledgerinsights.com/stablecoin-multi-issuance-eu-researchers-propose-copying-us-redemption-limits/
- European Systemic Risk Board「Recommendation of the European Systemic Risk Board of 25 September 2025」(2025年9月25日): https://www.esrb.europa.eu/pub/pdf/recommendations/esrb.recommendation251020.en.pdf
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