金融庁は2026年8月31日、令和9年度税制改正要望項目を公表し、特定信託受益権(信託型ステーブルコイン)について、受益者等の変更時などに受託者が提出する「信託に関する受益者別調書」と「信託の計算書」を不要とするよう求めた。要望は資産運用立国、子育て世帯支援、金融イノベーションの3分野で構成され、ステーブルコイン関連は第3分野の主要項目として唯一である。金融庁の公表ページは本稿執筆時点で取得できず、内容は複数の専門媒体の報道で確認した。
何が起きたか
現行の相続税法は、信託の効力が生じた場合や受益者等が変更された場合に、受託者が受益者等の氏名と信託財産の価額を記した調書を税務署長へ提出することを求める。所得税法も、受益者等の氏名や信託財産に帰せられる収益・費用を記載した信託の計算書等の提出を義務づけている。
金融庁が示したスキームは、電子決済手段等取引業者が委託者兼当初受益者となって信託銀行等に円を信託し、発行された信託型ステーブルコインを利用者に販売するというものだ。その後は利用者間を転々流通し、償還時は同業者が買い取って信託銀行等に償還を依頼する。この構造では受託者が保有者の氏名も変更も把握できず、受益者が保有によって収益を得ることも想定されていない。要望にはこのほか、一定の外国発行の信託型ステーブルコインを電子決済手段として規定することに伴う措置も含まれる。
なぜ重要か
信託銀行にとっては受託業務の設計に関わる。3号電子決済手段は裏付け資産が信託で保全される点を強みとしてきたが、受託者が受益者を特定できないという性質は、受益者管理を前提とする信託法制の一般的な設計とは距離がある。今回の要望は、その距離を税務手続の側から埋めにいくものと読める。
決済事業者と証券会社にとっては、外部ウォレットへの解放が現実味を帯びる論点になる。SBI新生信託銀行が発行するJPYSCは現在、SBI VCトレードの口座内に限って提供されており、外部との入出庫には対応していない。転々流通を前提に調書を外す整備は、その制約を解く方向を向いている。
注視点
第一に、年末の税制改正大綱に載るかどうかである。要望は要望にすぎない。第二に、「金融イノベーションの推進」の主要項目がこの1件だけである点をどう読むか。当局の優先順位が絞られていると見ることもできる。第三に、調書を不要とした場合、取引の把握と課税の適正性をどこで担保するのかが示されていない。
進捗段階
① 要望の公表(規制トラック)。税制改正要望は各府省が財務省に対して行うものであり、実現には年末の与党税制改正大綱への記載と翌年の法改正が要る。措置の内容が確定した段階ではないため、②以上とは判定しない。
用語解説
- 特定信託受益権(3号電子決済手段):資金決済法上の電子決済手段のうち、信託銀行等が円などを信託財産として受け入れ、その受益権をトークン化して発行する類型。裏付け資産が信託で分別保全されるため発行体の倒産から隔離されやすい一方、法形式は「信託受益権」であり、預金でも前払式支払手段でもない。
- 信託に関する受益者別調書:相続税法に基づき、信託の受託者が受益者等の氏名や信託財産の価額を税務署長へ提出する法定調書。信託を使った資産移転の把握を目的としており、受託者が受益者を特定できることが暗黙の前提になっている。
- 電子決済手段等取引業者:ステーブルコインの売買・交換・管理などを業として行う登録業者。信託型では、この業者が委託者兼当初受益者として信託を設定し、利用者への販売と買取りを担う設計がとられる。
- 転々流通:発行体が関知しないまま、保有者から保有者へ次々と移転していく状態。現金や無記名証券が持つ性質であり、記名式の権利を前提とする信託法制や法定調書の仕組みとは相性が悪い。
- 税制改正要望:各府省が翌年度の税制改正に向けて財務省・総務省に提出する要望。8月末に出そろい、与党の税制調査会での議論を経て12月の税制改正大綱に反映されるかが決まる。
出典
- 金融庁「金融庁の令和9年度税制改正要望について」(2026年8月31日): https://www.fsa.go.jp/news/r8/sonota/20260831.html
- あたらしい経済「金融庁、信託型ステーブルコインの法定調書「提出不要」要望。2027年度税制改正で」(2026年8月31日): https://www.neweconomy.jp/posts/603764
- JinaCoin「金融庁、信託型ステーブルコインの調書提出免除を要望──令和9年度税制改正」(2026年8月31日): https://jinacoin.ne.jp/fsa-stablecoin-20260831/
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