BISの金融安定研究所(FSI)は2026年8月下旬、EU、香港、シンガポール、英国、米国のステーブルコイン発行規制を比較したブリーフを公表した。各法域は発行体に対して貸付、ステーキング、カストディなどの兼業を制限しているが、制限がかかるのは発行体という法人単体であり、非銀行の発行体についてはグループ全体を見る監督の枠組みがないと指摘した。関連会社で損失や事故が起きれば、規制の届かない場所を起点に取り付けが起きうるという問題提起である。ブリーフ本体は取得できておらず、内容は報道に依拠している。
何が起きたか
報道によれば、FSIのブリーフは五つの法域が採用する発行体規制を並べ、業務範囲の制限がどの単位にかかるかを比較した。いずれの法域も、発行体自身が信用供与や暗号資産の運用に踏み込むことを制限している。しかし制限の名宛人は発行体であり、同一グループ内の関連会社が同じ業務を行うことは妨げられない。発行体が銀行であれば連結ベースの銀行監督が及ぶが、非銀行の発行体にはグループを横断する監督の受け皿がない。著者らは、発行が他の業務とグループ内で組み合わされる場合、制限が防ごうとした利益相反と伝播のリスクが、制限の及ばない関連会社の側で生じうると述べている。グループの規模が大きくなるほど、そのリスクと金融安定上の懸念も大きくなるとした。
なぜ重要か
日本では電子決済手段の発行が信託銀行、資金移動業者、預金取扱金融機関に限定されており、発行体そのものが既存の業規制の下にある。非銀行の発行体を広く認める法域と比べれば、構造的な穴は小さい。ただし論点が消えたわけではない。発行体が金融グループの一員である場合、仲介にあたる電子決済手段等取引業者や、暗号資産交換業を営む兄弟会社との関係で同じ問いが立つ。銀行や信託銀行がステーブルコイン発行に関与する際、グループ内の他業態が取るリスクをどこまで自社の風評リスクとして織り込むかは、実務上の設計事項になる。海外発行体のコインを国内で取り扱う場合には、その発行体のグループ構造を審査できるのかという問題も残る。
注視点
FSIのブリーフはBISの公式見解ではなく、著者個人の分析として公表されるのが通例である。この整理がFSBやIOSCOの勧告に取り込まれるかどうかが次の焦点になる。米国ではOCCがGENIUS法の許容業務を広めに解釈して信託免許を付与しているとされ、発行体単体の規制と実務の運用が同時に動いている。日本では金融庁が暗号資産・ステーブルコイン課を新設しており、グループ監督の考え方が監督指針にどう反映されるかを見る必要がある。
進捗段階
規制トラック①(国際機関による問題提起)。特定の法域の規則改正や国際基準の改定に結びついた段階ではない。
用語解説
- 金融安定研究所(FSI):BISに置かれた研究・研修部門で、各国の規制実務を比較した文書を公表している。BISの公式見解ではなく著者個人の分析として出されるが、国際基準づくりの前段の議論として参照されることが多い。
- 業務範囲規制:ある免許を持つ事業者が営める業務の範囲を法令で限定する規制。ステーブルコイン発行体については、準備資産の運用で利回りを追う誘因を断つために、貸付や投資業務を制限する設計が各国で採られている。
- 電子決済手段等取引業者:日本の改正資金決済法で新設された業種で、ステーブルコインの売買や仲介、管理を行う。発行体そのものとは別の免許であり、発行と流通を分けて規制する日本の制度設計を支えている。
- 連結監督:銀行グループについて、親会社と子会社を一体として自己資本やリスクを評価する監督手法。非銀行の発行体にはこれに相当する枠組みがない、というのが今回の指摘の核心である。
- 取り付け(ラン):信認が損なわれた際に、保有者が一斉に償還を求める現象。ステーブルコインは準備資産の売却を伴うため、取り付けが起きると裏付け資産の市場にも影響が及ぶ。
出典
- Ledger Insights「BIS flags stablecoin group activity risks, but OCC charters tell a broader story」(2026年8月28日): https://www.ledgerinsights.com/bis-flags-stablecoin-group-activity-risks-but-occ-charters-tell-a-broader-story/
- BIS「Annual Economic Report 2026」第III章(各法域の発行体規制の比較を含む): https://www.bis.org/publ/arpdf/ar2026e3.pdf
- BIS金融安定研究所「FSI Briefs No 27: Stablecoin-related yields: some regulatory approaches」(過去の同シリーズ、参考): https://www.bis.org/fsi/fsibriefs27.htm
本記事は公開情報に基づく解説であり、投資助言を目的としたものではありません。